京都滋賀岐阜3 近江神宮・三井寺・大津市歴史博物館

7泊8日の京都・滋賀・岐阜・名古屋旅行、3日目。

 

8時37分にびわ湖浜大津駅発の京阪石山坂本線で約5分、8時43分に近江神宮前駅に到着。

近江大津宮錦織遺跡の横を通りすぎる。

 

近江神宮

大化の改新を行い、667年(天智天皇6年)に近江大津宮に遷都した天智天皇を祀り、1940年に近江大津宮跡に鎮座した。

朱塗りの楼門から入り、拝殿、栖松遥拝殿。

天智天皇は671年(天智天皇10年)4月25日に漏刻(水時計)を作り、大津宮の新台に置いて鐘鼓を打って時報を開始した。これが日本最初の時計と言われ、日本の時刻制度の始まり。

671年4月25日を太陽暦グレゴリオ暦)に直した6月10日が大正9年に「時の記念日」と制定され、漏刻祭が斎行される。

昭和38年に日本初の時計博物館として近江神宮時計博物館が設けられ、平成22年に近江神宮御鎮座70年を期して改装し、時計館宝物館として新装開館した。

時計館宝物館|近江神宮

9時30分開館だが、9時25分に入れてもらえた。

1階、時計館

垂揺球儀

寛政の初めに製作された日本独自の振子式天文時計で、完全な形態で現存する唯一のもの。

高松宮家から下賜された日本最古級の懐中時計(有栖川宮家伝来)

2階、宝物館

曾我蕭白「楼閣山水図屏風」(重要文化財、展示品は複製)

別称は月夜山水図屏風。綴プロジェクトによる複製。

楼閣山水図屏風(別称:月夜山水図屏風)|作品紹介|綴プロジェクト

 

企画展は「近江神宮年中行事写真展」。

境内には昭和39年にオメガ社総代理店のシイベルヘグナー社により奉納された漏刻、昭和54年にロレックス社から奉納された古代火時計がある。

天智天皇が詠んだ「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」という歌が百人一首の巻頭歌(第一番)として選出されており、正月には「かるた祭―かるた開きの儀―」も行われる。

そのため近江神宮は「かるたの殿堂」と呼ばれる。

かるた祭・かるた開きの儀|近江神宮

「謎解きょうぎかるた 光ルくんへの挑戦状」というのもあった。

近江勧学館も見に行った。

一般財団法人天智聖徳文教財団(公式ホームページ)

 

10時09分に近江神宮前駅発の京阪石山坂本線で約5分、10時13分に三井寺駅に到着。

琵琶湖第1疏水を越える。

日本遺産 琵琶湖疏水(びわこそすい)

 

大津市歴史博物館に行き、Cafe Restaurant Inti(インティ)で、紫式部スペシャルランチセット。

ジャンボ海老フライ&まん丸近江牛コロッケに、紫式部プレミアムコーヒーのひらめく君(コロンビアブレンドで、フルーティーさの中にも程良い苦みがあるらしい)。

Cafe Restaurant Inti(インティ)

 

大津市歴史博物館

1990年(平成2年)に開館し、「大津れきはく」の愛称で親しまれ、大津や近江の歴史や文化に関する展示が行われてきた。

大津市歴史博物館 Otsu City Museum of History

企画展示室Aでは「第94回企画展 京極高次」が開催中。

京極高次は、豊臣家と徳川家の双方と縁戚関係があり、1595年(文禄4年)9月に大津周辺を加増され、大津城主となった。

企画展「京極高次」|お知らせ|大津市歴史博物館

出品リストhttps://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/image/202404/k94list.pdf

関ヶ原の戦いの前には、大津城の戦いも起こった。徳川家康に味方した京極高次が大津城に籠城したが、毛利軍等に包囲され、京極高次は敗れて高野山に追放された。

関ヶ原の戦い後には、徳川家康が大津城の戦いの様子を聞き、高野山から下山して出仕するように伝えた。出仕すると、家康は高次の戦功を称えて若狭一国を与えた。大津城開城から一ヶ月も経っておらず、他のどの大名よりも早い論功行賞で、家康が高次の功績を特に認めた証拠でもある。

 

京極高次の正妻は浅井長政二女の初で、姉は茶々(淀殿)、妹は江(崇源院)。

京極家の家紋は、四ツ目結紋と言われる。京極家初代氏信の父・信綱の時に後鳥羽天皇から賜った紋。

 

京極高次の死後、嫡子・忠高は出雲・隠岐両国への加増転封され、石見銀山を任されるが、忠高には後を継ぐ子がいなかったため断絶するところ忠高の甥の高和が播磨国龍野6万国を与えられた。

その後、播磨国龍野から讃岐国丸亀へ移り、京極家は幕末まで大名として存続した。

 

京極高次

桐紋蒔絵懸盤及椀

企画展示室Bでは「JR湖西線開業50周年記念(第95回企画展) わたしの湖西線」が開催中。

企画展「わたしの湖西線」|お知らせ|大津市歴史博物館

1974年(昭和49年)7月20日に開業した湖西線山科駅から近江塩津駅を走り、踏切が無い!

開業後に、叡山駅が比叡山坂本駅に、西大津駅が大津京駅に、雄琴駅がおごと温泉駅に改称された。

湖西線の開業前は、江若鉄道1921年の開業から1969年まで走っていた。

江若鉄道株式会社株券

常設展示室・ロビーでは「特集展示 源氏物語と大津」が開催中。

特集展示「源氏物語と大津」|お知らせ|大津市歴史博物館

出品リストhttps://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/image/202310/glist4.pdf

近江八景図巻

源氏八景

紫式部観月図、土佐光成筆

紫式部観月図、堂本印象筆

源氏物語画帖、土佐光成筆

源氏蒔絵箱

 

源氏物語の主人公である光源氏源融という実在する人物がモデルの一人と言われる。源融嵯峨天皇の12番目の子で、臣籍降下して源氏性を名乗り、左大臣にまで昇った人物で、後年、嵯峨清凉寺の近くに棲霞観という別荘を作って隠遁生活を送った。

この源融の神霊を祀った神社が大津市にある融神社。

 

常設展

テーマ展示B、比叡とその山麓

比叡とその山麓|テーマ展示|常設展示室|大津市歴史博物館

テーマ展示D、近江八景

歌川広重の浮世絵が展示されていた。

近江八景は、比良暮雪(ひらのぼせつ)、堅田落雁(かたたのらくがん)、矢橋帰帆(やばせのきはん)、粟津晴嵐 (あわづのせいらん)、唐崎夜雨(からさきのやう)、三井晩鐘(みいのばんしょう)、瀬田夕照(せたのせきしょう)、石山秋月(いしやまのしゅうげつ)。

中国の瀟湘八景とほぼ同じ構成。現行の近江八景を選定したのは、桃山時代の関白・近衛信尹

近江八景|テーマ展示|常設展示室|大津市歴史博物館

テーマ展示G、近江大津宮

667年(天智6年年)に近江大津宮へ遷都したが、壬申の乱後には再び飛鳥へ遷都したため、約5年。

大津宮中枢部建物復元模型(縮尺200分の1)があった。

近江大津宮|テーマ展示|常設展示室|大津市歴史博物館

常設展から出た所に、直木賞受賞作「塞王の楯」文庫化記念のパネルがあった。

 

三井寺天台寺門宗総本山園城寺

三井寺(園城寺)

「智証大師円珍関係文書典籍」はユネスコの世界の記憶に登録されている。

三井寺東京国立博物館が所蔵する国宝56件からなり、天台学や密教の興隆に尽力した智証大師円珍が残した史料群。

智証大師円珍関係文書典籍 – 日本・中国の文化交流史 –

智証大師円珍 関係文書典籍

The Monk Enchin Archives: A History of Japan-China Cultural Exchange - Memory of the World

 

大門(仁王門)、食堂(釈迦堂)、鐘楼、閼伽井屋は重要文化財

金堂は北政所により1599年に再建された桃山時代の建築で国宝。

令和六年大河ドラマ「光る君へ」放映記念 「紫式部三井寺」が開催中。三井寺紫式部と縁が深く、父の藤原為時や兄弟親戚が三井寺の僧侶になっているらしい。

鐘楼の梵鐘は近江八景の一つ「三井の晩鐘」として知られ、鐘をつくこともできる。(冥加料800円で、御朱印と鐘の由来書付き)

「音の三井寺(声の園城寺)」として「姿(形)の平等院」「銘の神護寺」とともに天下の三名鐘とも呼ばれる。

三井寺>名宝の紹介>工芸>三井の晩鐘

三井の晩鐘は、「残したい日本の音風景100選」に選定されている。

https://www.env.go.jp/content/900400154.pdf

閼伽井屋(あかいや)の閼伽とは水のことで、閼伽井屋とは仏に供える水や花を用意する施設。内部には天智、天武、持統の三帝の産湯に使われたことから三井寺の名の由来となった「三井の霊泉」が湧きでている。

1600年に建てられた桃山風の建物で、正面の蟇股には左甚五郎作と伝わる龍の彫刻がある。

霊鐘・弁慶の引摺り鐘、一切経蔵、三重塔も重要文化財

一切経蔵は山口県の国清寺(現在の洞春寺)から、1602年に毛利輝元によって移築された。

三重塔は1601年に徳川家康が寄進した。もとは奈良県吉野の比蘇寺(現在の世尊寺)の東塔で、豊臣秀吉伏見城に移していたものを再び移築した。

唐院唐門、唐院大師堂、唐院灌頂堂も重要文化財

唐院は智証大師の御廟で、1598年に再建されたもの。

 

文化収蔵庫は、2014年に智証大師生誕1200年慶讃記念事業として開館した。

三井寺 文化財収蔵庫

円珍は927年に醍醐天皇より智証大師の諡号が贈られた。

智証大師坐像、鎌倉時代重要文化財

 唐院に安置されている国宝の中尊大師像を模刻したもの。

十一面観音立像、平安時代重要文化財

 五頭身くらいの可愛い体型。

吉祥天立像、鎌倉時代重要文化財

訶梨帝母倚像、鎌倉時代重要文化財

円珍請伝法公験奏状案、国宝

 唐から帰国した円珍が伝法のための公験(証明書)を給付してもらうため、朝廷に願い出た奏状の案文。

紙本墨書・越州都督府過所、唐時代、国宝

紙本墨書・尚書省司門過所、唐時代、国宝

 過所は唐の官庁が外国人に対して発行した旅行証明書。智証大師が長安の都への往還で発給されたもので、伝世されてきた過所の実物は、この2通しか世界に現存していない。

 交付した役所名、出願者、従者の身分、姓名、年齢、携行品、旅行の目的・理由などな記されている。

紙本墨書・青龍寺求法目録、唐時代、国宝

 円珍長安青龍寺で伝授の師である法全阿闍梨から求得した密教経典類115巻、曼荼羅、法具などを列記した目録。青龍寺空海が恵果阿闍梨から灌頂を受けたことで知られる唐時代密教の中心寺院。

 本目録の巻末には法全阿闍梨が自筆で円珍に法門を伝授したことの証明の文章を書いている。

四季花木図(勧学院一之間障壁画及び襖絵)、狩野光信筆、桃山時代重要文化財

花鳥図(勧学院二之間襖絵)、狩野光信筆、桃山時代重要文化財

 勧学院は1600年に建立されたもので国宝。

毘沙門堂1616年に作られた重要文化財

観音堂から展望台へ。

最後に、護法善神道を見て帰る。

 

光浄院客殿と勧学院客殿は国宝で、4名と3名以上なら事前の申込により特別拝観が可能。

光浄院客殿 | 三井寺(園城寺)

VRや3D Scanもある。

三井寺文化遺産ミュージアム | 天台寺門宗 総本山三井寺

 

19時からは三井寺妖怪ナイトが開催され、「古典怪談 満茶乃 × 薩摩琵琶 中沢 龍心」や「妖怪謎解き」などが行われる。

三井寺妖怪ナイト|総本山 三井寺

 

丸屋町商店街、菱屋町商店街、長等商店街の3つが連なった大津ナカマチ商店街を歩く。

大津ナカマチ商店街 - 大津ナカマチ商店街の公式ウェブサイトです。

途中で見付けた大津百町館を見る。

大津の町家を考える会/大津百町館 HP

百人一首の「これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関」(蝉丸)で歌われる逢坂の関は大津市にあった。

案内板に書かれた「逢のみち 湖のみち 山歩道」という言葉が懐かしい。昔、東海道を歩いたときからあり、このブログのタイトルも影響を受けていると思う。

 

大津祭曳山展示館

大津祭は、大津市で行われる湖国三大祭の一つで、国指定重要無形民俗文化財。現在13基ある曳山は江戸時代に制作されたもので、からくり人形が乗っているのが特徴。

曳山展示館にあるのは、原寸大の模型。

大津祭 曳山展示館について

湖国三大祭は、大津曳山祭、長浜曳山祭、日吉山王祭

特定非営利活動法人 大津祭曳山連盟のHome

長浜曳山まつり

山王祭について | 日吉大社

 

夕食は、お食事処アケミで、豚ロースとんかつ定食。

デザートは、創業明治2年三井寺力餅で、力餅とお茶。

三井寺力餅本家について - 三井寺力餅本家

 

琵琶湖へ。

ヒルがいた。

 

わたSHIGA輝く国スポ・障スポ2025が来年行われる。

総合トップ | 国スポ・障スポ 滋賀 2025

 

今日のホテルは、東横INN京都琵琶湖大津。

【公式】東横イン京都琵琶湖大津 | 東横INN-滋賀県大津市のビジネスホテル予約

 

 

2024年08月10日~08月17日 京都・滋賀・岐阜・名古屋旅行