儒教のかたち こころの鑑(サントリー美術館)・MIDTOWN CHRISTMAS 2024

東京ミッドタウンへ行き、サントリー美術館

サントリー美術館

 

昼食にカフェ 加賀麩不室屋で、くるま麩のフレンチトーストを食べる。

カフェ 加賀麩不室屋(サントリー美術館内) | 加賀麩不室屋

 

儒教のかたち こころの鑑 日本美術に見る儒教

出品作品リスト

https://www.suntory.com/sma/exhibition/visual/2024_5/list.pdf

儒教孔子を始祖とする思考・信仰の体系で、五常(仁・義・礼・智・信)という徳性を拡充することにより五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)関係を維持することを教える。

 

エレベーターで4階、第1展示室へ。

第1章 君主の学問
古事記によると、4世紀初めには日本に儒教経典の一つである論語が伝わった。

 

論語集解、何晏 著・教円 写、元応2年(1320)、重要文化財
 論語の注釈書。論語孔子の言行録。開かれていたのは「學而時習之 不亦説乎」のページだった。

 

賢聖障子絵、狩野孝信、慶長19年(1614)、重要文化財
 賢聖障子絵は32人の中国古代の賢臣の姿を描いたもので、これは現存最古の賢聖障子絵。内裏で最も格式の高い紫宸殿において天皇玉座(高御座)の背後を飾っていたが、この習慣は平安時代醍醐天皇の治世にあたる延喜年間には成立していたとされる。
 儒教の教えを主題とした絵画は「善を勧め悪を戒める」意味を持って制作されたことから「勧戒画」と呼ばれる。

 

負文亀・獅子狛犬図、寛政5年(1793)頃
 負文亀図は賢聖障子の中央に描かれたが、江戸時代にはその伝統は失われていた。

 

帝鑑図・咸陽宮図屛風、狩野宗眼重信、桃山時代17世紀

 

帝鑑図説、張居正・呂調陽 編、慶長11年(1606)刊、九州国立博物館
 10歳で即位した明時代14代皇帝・万暦帝帝王学を説く書として編纂されたもので、中国歴代皇帝の善行81話、悪行36話を収録する。幼い万暦帝が読めるよう簡潔な文章と挿絵によって書かれていて、酒池肉林(脯林酒池)など現代に伝わる話もある。
日本には16世紀末頃に伝わり、1606年に豊臣秀頼の命により和刻本が出版された。巻末の跋文には秀頼への献辞がある。1788年にフランスでも刊行され、フランス革命に影響を与えたのではないかとも言われる。

 

名古屋城本丸御殿上洛殿一之間北側襖絵 帝鑑図 露台惜費、狩野探幽寛永11年(1634)、重要文化財
 徳川家光の上洛のために名古屋城本丸御殿に増築された上洛殿の襖絵。

 

両帝図屛風、狩野探幽、寛文元年(1661)
 古代中国の優れた帝王の説話を主題とする屏風。

 

二十四孝図襖、伝 狩野永徳天正14年(1586)、重要文化財
 二十四孝図は古代中国で親孝行などの優れた行いをした24人の人物を主題にしている。1586年(天正14年)に豊臣秀吉が建てた正親町院仙洞御所の対面所の障壁画で、南禅寺に建物ごと下賜された。

 

四季耕作図屛風、狩野探幽、江戸時代17世紀
 為政者が農民の苦労を知り、その姿を正したという中国の耕織図に由来する。

 

二十四孝図屛風、伝 狩野永徳、永禄9年(1566)


第2章 禅僧と儒教

孔子坐像、天文4年(1535)
 1668年に足利学校に創建された孔子廟で現在も祀られている国内現存最古の彫刻による孔子像。日本最古の学校である足利学校は、歴代の校長(庠主)を禅僧が務め、儒教学習の拠点として栄えた。
 孔子像は中国では通常立った姿勢で作られるが、この像は日本で作られたため座った姿勢。

 

三教図扇面、室町時代15~16世紀
 中央に釈迦、左前に老子、最前に孔子と、仏教、道教儒教の始祖が描かれている。これらの三教は根源は同じとする三教一致思想が鎌倉時代に日本に伝わり、禅宗を中心に受容された。

 

尚書正義、上杉憲実 寄進、中国・南宋時代12世紀、国宝
 尚書五経の一つである書経)の解釈を記した注疏本。1439年に上杉憲実が足利学校に寄進した南宋時代の版本。現存最古で、20巻8冊全てが完存している点でも貴重。
 書経は「昭和」の典拠となっていて、第一章 堯典の「百姓昭明協和萬邦」(百姓昭明にして万邦に協和す)の文言の記載されたページが展示されていた。「平成」も書経の第29章 大禹謨の「地平天成」(地平らかに天成る)が典拠となっている。

論語集註草稿、朱熹、中国・南宋時代12世紀
 朱子学を確立した朱熹による論語の注釈書「論語集註」自筆草稿の一部。

 

貞観政要、慶長5年(1600)
 善政で知られる唐の太宗の政治に関する言行録。徳川家康足利学校第九世庠主・閑室元佶に命じて刊行させた。


階段で3階に降りて、第2展示室へ。

第3章 江戸幕府の思想
12世紀の中国で儒学を発展させた朱子学が確立し、その後日本に伝わった。
徳川家康禅宗寺院出身の藤原惺窩や林羅山といった儒学者たちを重用したことで、朱子学幕藩体制の確立に一役買い、江戸幕府朱子学を学ぶことを奨励した。
1632年(寛永9年)に林羅山が上野の私邸内に孔子廟を作り、初代尾張藩主・徳川義直徳川家康の九男)がそれを支援した。1690年(元禄3年)になって、孔子廟は第5代将軍・徳川綱吉によって湯島に移され、翌年に現在の湯島聖堂が建立された。

 

桐松鳳凰図屛風、狩野伊川院栄信、江戸時代19世紀
 幕府の姿勢を反映して、狩野探幽をはじめとする狩野派の絵師たちは、儒教における優れた君主の出現を象徴する鳳凰などを繰り返し描いた。

「先聖殿」扁額(上野忍岡聖堂)、徳川義直 揮毫、寛永9年(1632)
 林羅山孔子廟を建立した際に徳川義直が贈った扁額。

 

楽器図(名古屋城二之丸御殿楽器之間衝立画)、江戸時代17世紀
 名古屋城二之丸御殿は尾張藩主の居館とされた御殿。儒教では、正しい音楽と正しい行いは互いに結びついているとする礼楽思想を重視する。

 

聖像(帝堯像・文宣王(孔子)像・禹王像・周公旦像・帝舜像)・牡丹蒔絵祠堂形厨子徳川義直 所用、江戸時代17世紀
 名古屋城二之丸庭園内の聖堂に祀られていた聖像と、それを安置するための厨子

 

鯉瀧登蒔絵香案、、安永3年(1774)献納
 鯉が黄河の龍門を遡って龍と化す登龍門の故事を表し、右下の鯉から左上の龍へ変化する様子を異時同図法で示している。

 

鳳凰蒔絵祝案、寛政元年(1789)献納
 孔子とその高弟をまつる儀式である釋奠に用いられる器物を釋奠器と呼ぶ。湯島聖堂で創建当時から昭和時代まで使われていた。湯島聖堂では江戸時代は毎年春と秋の2回、釋奠が行われ、現在でも毎年4月の第4日曜日に行われている。

伝統行事|史跡湯島聖堂|公益財団法人斯文会

 

鳳凰蒔絵酒瓶、安永4年(1775)献納
 祭壇に祀られている孔子に酒を捧げるために用いられたと考えられている。


第3展示室へ。
昌平志、犬冢遜 撰、原本:寛政6年(1794)
 昌平坂学問所の沿革を伝える史書
寛政の改革によって儒教の一つである朱子学以外の学問が禁じられると、湯島聖堂は幕府の官立学校・昌平坂学問所となった。昌平坂学問所の前身となった林家の私邸の家塾の様子や湯島聖堂の大成殿の威容なども挿絵を加えながら語られる。

 

聖堂之画図、菱川師宣、元禄4年(1691)
 孔子廟が1690年(元禄3年)に忍岡から湯島に移転した頃の姿を描いた図。


第4章 儒学の浸透
江戸時代後半には儒教が民衆に浸透したことで、錦絵や浮世絵の題材、読本、歌舞伎の演目などにも儒教思想が反映された。

 

中国祖神歴代聖帝聖人図巻、伝 円山応挙、江戸時代18~19世紀

 

見立三酸図、鈴木春信、明和3年(1766)頃
 三酸図は儒教道教、仏教を表す蘇軾、黄庭堅、仏印が甕の酸を舐め、酸っぱさから顔をしかめる様子を描き、三教のどの立場でも真理は同じである三教一致思想を比喩的に示す。この作品は三人を小野小町衣通姫楊貴妃に置き換えている。

 

五常 智、安永3年(1774)
 智とは物事の道理を理解し、是非・善悪を判断する徳のこと。短冊に書かれている「一を知れば十を知る」は論語に由来する故事成語

 

おさなあそび廿四孝 老莱子、安永~天明年間(1772~1789)頃
 二十四孝の話を優しく伝えるために子ども遊びに置き換えて描かれた。老莱子は派手な着物を着て踊るなど子どものように振る舞うことで、年老いたことを両親に悟られないようにした。

 

二十四孝童子閔子騫呉猛歌川国芳天保14~弘化元年(1843~1844)頃
 これらも二十四孝の話が子どもに向けて分かりやすく描かれている。

 

本朝二十四孝 筍堀り 七代目片岡仁左衛門の横蔵、歌川国貞、文化14年(1817)
 本朝二十四孝は1766年(明和3年)に初めて上演された歌舞伎と人形浄瑠璃の演目。武田信玄上杉謙信の争いを中心に、伝説や二十四孝の話を組み込んだ大長編。

 

忠臣蔵 夜討二 乱入、歌川広重天保年間(1830~1844)中期
 忠臣蔵は元禄年間に起こった赤穂事件を題材とした浄瑠璃・歌舞伎の演目。幕府の取締りにあわないよう時代設定や人物の名前を変えて脚色された。
赤穂事件は儒教の教えに適うものなのか、当時儒学者の間で論争が起こったらしい。

 

雪中筍採模様筒描幕(丸に橘紋入)、明治~昭和時代 19~20世紀
 冬に筍を食したいという病床の母のため、雪の積もる竹林を探し歩いて筍を獲たという孟宗の故事に基づく。 雪は豊作の前兆、冬も枯れずに天に向かって真っ直ぐ伸びる竹は吉祥の象徴でもあり、長寿への願いが込められた画題として好まれた。

 

とても面白い展覧会だった。
後期の方も良い展示がありそう。


サントリー美術館がある東京ミッドタウンでは、MIDTOWN CHRISTMAS 2024が開催されている。今年のコンセプトは“Ensemblewrap~幾重に重なり、包み込む光~”。

MIDTOWN CHRISTMAS 2024 | イベント | 東京ミッドタウン

 

サンタツリー
 サンタクロースのオーナメント約1,600体で飾られた高さ約4mのツリー。

 

 

Timeless Gold Tree(タイムレス ゴールド ツリー)
 本物のモミの木を飾ったクリスマスツリー。

 

 

Ensemble lights(アンサンブル ライツ)