相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史(東京藝術大学大学美術館)

10時45分に根津駅に到着。

 

八代目傳左衛門めし屋で、アジとエビフライ定食を食べる。

 

東京藝術大学大学美術館へ。

東京藝術大学大学美術館 The University Art Museum, Tokyo University of the Arts

 

1月30日に第73回 東京藝術大学 卒業・修了作品展に来て以来。

 

相国寺承天閣美術館開館40周年記念

相国寺展―金閣銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史

相国寺承天閣美術館開館40周年記念相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史 | 東京藝術大学大学美術館 The University Art Museum, Tokyo University of the Arts

 

作品リストhttps://museum.geidai.ac.jp/exhibit/file/itemlist_tokyo.pdf

 

相国寺

室町幕府三代将軍・足利義満が1382年(永徳2年)に発願し、夢窓疎石を開山として創建された禅宗の寺院。

鹿苑寺金閣寺)、慈照寺銀閣寺)を擁する臨済宗相国寺派大本山で、京都五山第二位。

室町幕府の御用絵師だった如拙と周文は相国寺の僧侶であり、雪舟も若い頃に相国寺で修行に励んだ。江戸時代には、狩野探幽伊藤若冲円山応挙とも関りがあった。

 

鹿苑寺金閣寺

慈照寺銀閣寺)

 

承天閣美術館

1984年(昭和59年)4月、相国寺創建600年記念事業の一環として本山相国寺鹿苑寺金閣)・慈照寺銀閣)・他塔頭寺院に伝わる美術品を受託し、保存、公開、禅文化の普及等を目的として建設された。国宝5点、重要文化財145点を含む文化財が収蔵されている。

 

【第 1 章】創建相国寺 ―将軍義満の祈願

 

夢窓疎石像》、夢窓疎石賛、南北朝時代・14世紀

 相国寺が創建される約30年前に他界していたが、甥で弟子の春屋の願いから開山に迎えられた。実質上の開山は春屋妙葩。

 

《春屋妙葩像》、明兆筆、祖芳道聯賛、中国・明時代 永楽2年(1404)、重要文化財

 

夢窓疎石墨蹟 春屋字号幷偈》、夢窓疎石筆、南北朝時代・貞和2年(1346)、重要文化財

 夢窓疎石は栄え続く夢窓派のための春の屋(家)であれと、春屋の道号を与えた。

 

足利義満像》、伝 土佐行広筆、足利義持賛、室町時代・応永15年(1408)、重要文化財

 

夢窓疎石墨蹟  別無工夫》、夢窓疎石筆、南北朝時代・14世紀

 特別のことをするのではなく、平素の行いこそが修行である。

 

《竺仙梵僊墨蹟 祝偈》、竺仙梵僊筆、南北朝時代・14世紀、重要文化財

 

《六祖慧能図》、無学祖元賛、鎌倉時代・13世紀、重要文化財

 6代将軍足利義教が所持した東山御物の一つ。無学祖元は夢窓疎石の師の師。

 

《鳴鶴図》、文正筆、中国・元~明時代14~15世紀、重要文化財

 天と地、動と静を対比させている。狩野探幽、土佐光起、伊藤若冲などに模写された。

 

足利義政遺愛品 硯、硯屏、墨、筆、水滴》、中国・明時代15世紀

 

《唐物小丸壺茶入(唐物青貝四方盆添)》、茶入:中国・南宋-元時代13世紀・盆:中国・明時代16-17世紀

 

《絶海中津墨蹟 十牛頌》、絶海中津筆、室町時代・14~15世紀、重要文化財

 十牛とは、人と牛(真の自己)との段階的な十の関わりを通して、禅の修行における入門から大悟までの道のりを説いている。頌とは悟りの境地をうたった詩を意味する。

 

十六羅漢図》、陸信忠筆、中国・南宋時代13世紀、重要文化財

 

 

【第 2 章】中世相国寺文化圏 ―雪舟がみた風景

 

十牛図巻》、伝 周文筆、室町時代・15世紀

 尋牛、見跡、見牛、得牛、放牛、騎牛帰家、忘牛存人、人牛倶忘、返本還源、人鄽垂手。

 見失った牛(自分の心)を探して訪ねる。牛の足跡、牛を見付ける。牛を捕まえ、飼い慣らす。牛の背に乗り、身も心も一体となって帰路につく。帰るべき本来の家、自己が自己であるところに帰り着くと、牛の存在を忘れ、やがて自分も忘れる。

 

寒山行旅山水図》、伝 張遠筆、絶海中津賛、絵:中国・元時代14世紀、賛:室町時代14~15世紀、重要文化財

 

《墨梅図》、伝 如拙筆、絶海中津賛、室町時代・15世紀、重要文化財

 

《湖山図》、文清筆、瑞渓周鳳・一条兼良賛、室町時代・15世紀、重要文化財

 

《渡唐天神図》、雪舟筆、室町時代・15世紀

 

鳳凰石竹図》、林良筆、中国・明時代16世紀、重要文化財

 この鳳凰の図も雪舟から若冲にまで影響を与えたらしい。

 

《達磨図》、牧松(以参周省)筆、景徐周麟賛、室町時代・15世紀、重要文化財

 

 

【第3章】『隔蓂記』の時代 ―復興の世の文化

 

西笑承兌像》、江戸時代・17世紀

 西笑承兌相国寺92世住持で、豊臣秀吉徳川家康にも仕えた。戦乱で荒廃した相国寺の復興に尽力し、中興の祖と言われる。

 

《異国通船朱印状》、西笑承兌筆、江戸時代・慶長8~11年(1603~1606)、重要文化財

 江戸幕府が海外渡航の商船に給付したもの。西笑承兌による自筆史料。

 

後水尾天皇像》、有栖川宮幸仁親王筆、伝 後西天皇賛、江戸時代・17世紀

 

《古瀬戸天目茶碗》、桃山時代・16世紀

 西笑承兌豊臣秀吉から贈られた天目茶碗。

 

《隔蓂記》、鳳林承章筆、江戸時代・寛永12–寛文8年(1635–1668)

 相国寺95世住持である鳳林承章が42歳の1635年(寛永12年)から、76 歳の1668年(寛文8年)まで、34年間を記した日記30冊。江戸時代初期における相国寺の文化活動を伝える。

 

《花鳥図衝立》、狩野探幽筆、江戸時代・慶安元年(1648)

 

《観音猿猴図》、狩野探幽、狩野尚信、狩野安信筆、江戸時代・正保2年(1645)

 後水尾天皇が寄進したという記録がのこる、狩野三兄弟による合作。

 

《飛鶴図》、狩野探幽筆、江戸時代・承応3年(1654)

 狩野探幽相国寺で鳴鶴図を実際に見て模写したが、正確な模写ではなく、探幽独自の表現も加えている。

 

《董奉図屏風》、狩野探幽筆、江戸時代・17世紀

 

《無学祖元墨蹟 与長楽寺一翁偈語》、無学祖元筆、鎌倉時代・弘安2年(1279)、国宝

 

《百鳥図》、伝 辺文進筆、中国・明時代15世紀

 

《砧青磁茶碗 銘 雨龍》、中国・南宋時代13世紀

 隔蓂記によると、鳳林は片桐貞昌(石州)を訪れた際に、この茶碗を贈られた。

 

 

【第4章】新奇歓迎!古画礼讃!―若冲が生きた時代

 

《梅荘顕常墨蹟 寓慈照寺》、梅荘顕常筆、江戸時代・18世紀

 梅荘顕常は伊藤若冲を画人として見出し、若冲という名前を付けたとも言われる。

 

鹿苑寺大書院障壁画 一之間 葡萄小禽図/二之間襖絵 松鶴図/四之間 双鶴図》、伊藤若冲筆、江戸時代・宝暦9年(1759)、重要文化財

 

《玉熨斗図》、伊藤若冲筆、江戸時代・18世紀

 宝珠、打ち出の小槌、隠れ蓑を描く吉祥画。正月に飾る縁起物として制作された。

 

《竹虎図》、伊藤若冲筆、梅荘顕常賛、江戸時代・18世紀

 

《亀図》、伊藤若冲筆、聞中浄復賛、江戸時代・寛政12年(1800)頃

 

《厖児戯帚図》、伊藤若冲筆、無染浄善賛、江戸時代・18世紀

 

《伏見人形図》、伊藤若冲筆、江戸時代・18世紀

 

《乗興舟》、伊藤若冲筆、江戸時代・明和4年(1767)

 

相国寺方丈杉戸絵》、原在中筆、江戸時代・19世紀

 

《同仁斎書画展目次》、江戸時代・明和3年(1766)4月5日・寛政元年(1789)4月25・26日

 江戸時代中期に、銀閣寺にある東求堂(国宝)の同仁斎(書斎)で開催された書画展の目録。円山応挙が訪れたという記録もある。

 

《売茶翁像》、伊藤若冲筆、梅荘顕常賛、江戸時代・18世紀

 

 

【第5章】未来へと育む相国寺の文化 ―“永存せよ”

 

伊藤若冲像》、久保田米僊筆、明治時代・19世紀

 

維摩居士像》、荻野独園賛、明治10年(1877)

 相国寺126世住持である荻野独園は、明治時代の廃仏毀釈に際して、相国寺維持のため若冲動植綵絵30幅を宮内省へ献上し、その下賜金一万円で境内を守った。

 

《春屋妙葩墨蹟 中峰明本偈語》、春屋妙葩筆、南北朝時代・14世紀

 128世住持の橋本独山が寄付。寄付状の最後には「永遠に相国寺に存在せよ」。

 

《拙庵徳光墨蹟(金渡墨蹟)》、拙庵徳光筆、中国・南宋時代12世紀、重要文化財

 

《霊石如芝墨蹟 餞別偈》、霊石如芝筆、中国・元時代 至治2年(1322)、重要文化財

 

《一山一寧墨蹟 金剛経序》、一山一寧筆、鎌倉時代・嘉元4年(1306)、重要文化財

 

《水辺花鳥図屏風》、狩野松栄筆、桃山時代・16世紀

 

《芦屋無地尾垂真形釜》、南北朝時代・14世紀、重要文化財

《芦屋七宝文尾垂真形釜》、南北朝時代・14世紀、重要文化財

 

《月礀文明墨蹟 同途》、月礀文明筆、中国・元時代14世紀、重要文化財

 

《白楽天図》、伝 趙孟頫筆、無学祖元賛、鎌倉時代・弘安7年(1284)、重要文化財

 

《白雲紅樹図》、池大雅筆、江戸時代・18世紀、重要文化財

 

《萬誌》、円満院祐常筆、江戸時代 宝暦11–安永2年(1761–1773)

 

《探幽縮図画帖》、狩野探幽筆、江戸時代・17世紀

 狩野探幽は鑑定のために持ち込まれた作品を模写し、日付や依頼主を記録した。既に現存しない作品も含まれている。

 

《玳玻盞散花文天目茶碗》、吉州窯、中国・南宋時代12~13世紀、国宝

 玳玻とは玳瑁と呼ばれる亀の甲羅のことで、それに似た釉薬の発色で花の文様が浮き上がることから名付けられた。

 

《萩芒図屏風》、長谷川等伯筆、桃山時代・16–17世紀

 萬野裕昭がコレクションした萬野美術館が所蔵していたが、2004年(平成16年)の閉館に伴って、相国寺に寄贈された。

 

《七難七福図巻》、円山応挙筆、江戸時代・明和5年(1768)、重要文化財

 天災巻、人災巻、福寿巻がある。

 

混んでいたが、とても良かった。

全て撮影禁止だった。