モーリス・ユトリロ展(SOMPO美術館)

11時03分に新宿駅に到着。

 

SOMPO美術館

SOMPO美術館(新宿駅 徒歩5分)|この街には《ひまわり》がある。

 

1976年7月、安田火災海上(現・損保ジャパン)本社ビル42階に「東郷青児美術館」として開館。当時、安田火災と縁の深かった東郷青児の作品を常設展示する美術館として始まる。

 

1987年、ポスト印象派フィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》がコレクションに加わり、アジアで唯一ゴッホの《ひまわり》を見ることができる美術館となる。

 

2020年4月、「SOMPO美術館」に館名変更。7月には損保ジャパン本社敷地内に建設した新美術館棟に移転。

 

2026年に開館50周年を迎える。

SOMPO美術館 開館50周年記念特設サイト

 

 

モーリス・ユトリロ

出品リスト

https://www.sompo-museum.org/wp-content/uploads/2025/09/mauriceutrillo_list.pdf

 

モーリス・ユトリロ(1883–1955)は20世紀初頭のパリの街並みを描いたことで知られるエコール・ド・パリの画家。

 

エレベーターで5階へ。

 

第1章 モンマニー時代

 

《モンマニーの屋根》、1906–07年頃、パリ・ポンピドゥセンター

 

1 幼少期と青年期に思いをはせる

 

出生証明書(写し) パリ18区、1911年、エレーヌ・ブリュノー、撮影禁止

ユトリロの手、エレーヌ・ブリュノー、撮影禁止

 

《パンソンの丘、モンマニー》、1908年、パリ・ポンピドゥセンター

《モンマニーの3本の通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1908年頃、八木ファインアート・コレクション

《モンマルトルのサン=ピエール広場》、1908年頃、八木ファインアート・コレクション

《ヴィルタヌーズの城》、1908-09年頃、パリ・ポンピドゥセンター

 

《サン=メダール教会、パリ》、1908-09年頃、八木ファインアート・コレクション

《大聖堂、ランス(マルヌ県)》、1908-09年頃、八木ファインアート・コレクション

 

 

2 ユトリロと日本をめぐる短い歴史

《サン=ドニ運河》、1906-08年、アーティゾン美術館

《パリ郊外-サン=ドニ》、1910年、公益財団法人大原芸術財団 大原美術館

 

 

第2章 白の時代

 

《マルカデ通り》、1909年、名古屋市美術館

 ゆるやかに下る道の形状にあわせて、描かれる左側の建物の一階部分も少しずつ律動的に段差を描く構造を示している。道が左に向かって湾曲し、視線は絵画空間内にとどまることを強いられる。

 

《郊外の通り》、1908-09年、福岡市美術館

 

《ムーラン・ド・ラ・ガレット》、1910年頃、ポーラ美術館、撮影禁止

 

《用水池》、1910年頃、ポーラ美術館、撮影禁止

 

《モンマルトルのノルヴァン通り》、1910年頃、八木ファインアート・コレクション

《モンマルトルのポワソニエ通り》、1910年頃、八木ファインアート・コレクション

《パリのサン=セヴラン教会》、1910-12年頃、八木ファインアート・コレクション

《サン=ジャック=デュ=オ=パ教会、パリ》、1910-12年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《ベルト王妃のらせん階段の館、シャルトル(ユール=エ=ロワール県)》、1909年頃、八木ファインアート・コレクション

《サノワの製粉場》、1912年頃、ポーラ美術館

 

《クリニャンクールのノートル=ダム教会》、1911年頃、八木ファインアート・コレクション

《キオスク》、1910-12年頃、八木ファインアート・コレクション

《セルネーの城の入り口、サノワのマジャンディ通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1913年、八木ファインアート・コレクショ

 

 

階段で4階に降りる。

 

3 《ラパン・アジル》―――制作方法を知る

ラパン・アジルとはモンマルトルの象徴的なキャバレーで、看板に鍋から逃げ出す兎の絵が描かれたことから跳ね兎を意味する名で呼ばれた。ユトリロが生涯において繰り返し描いたモチーフの一つで、その数は300を超えるとも言われる。

 

《ラパン・アジル》1911年、ポーラ美術館

 

《モンマルトルのラパン・アジル》、1911年頃、八木ファインアート・コレクション

《モンマルトルのラパン・アジル》、1912年頃、個人蔵

《ラパン・アジル、モンマルトルのソール通り》、1912-14年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《ラパン・アジル》、1910年、パリ・ポンピドゥセンター

 

《ラパン・アジル、モンマルトルのサン=ヴァンサン通り》、1910-12年頃、八木ファインアート・コレクション

 《マルカデ通り》同様、消失点付近で奥行き方向の線が向きを変え、斜めに逸れている。こうした方法により画面が都市の輪郭により閉じ込められ、ユトリロ作品についてしばしば語られる隔絶された孤独感がもたらされる。

 

 

4 壁の質感を味わう

 

《緑の屋根の農家》、1913年、八木ファインアート・コレクション

 

《物見櫓のある塔》、1913年頃、ポーラ美術館

 オーディオガイドの音楽がオルセー展でも流れていた気がする。

 

《ブール=ラ=レーヌのスペイン皇女の館(オー=ド=セーヌ県)》、1915年頃、八木ファインアート・コレクション

《サノワの通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1914年、個人蔵

《サノワの通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1912-14年頃、八木ファインアート・コレクション

《サノワのマジャンディ通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1912-14年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《ピエイクロスの修道院、コルシカ》、1914年、パリ・ポンピドゥセンター

《廃墟の修道院》、1912年、パリ・ポンピドゥセンター

 

《アルジャントゥイユの大きな通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1912-14年頃、八木ファインアート・コレクション

《サノワのジャルダン=ルナール通り(ヴァル=ドワーズ県)》、1912-14年頃、八木ファインアート・コレクション

《サン=ドニ通り》、1912-14年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《「可愛い聖体拝受者」、トルシー=アン=ヴァロワの教会(エヌ県)》、1912年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《教会、ヴィルタヌーズ(セーヌ=サン=ドニ県)》、1912-14年頃、個人蔵(協力:翠波画廊)

《モンマニーの教会》、1913年、八木ファインアート・コレクション

 

《モン=スニ通り》、1916年頃、パリ・ポンピドゥセンター

 白の時代から色彩の時代への移行に位置付けられる作品で、フランス国家の買上げとなった。

 

《ベル・ガブリエルの酒場、サン・ヴァンサン通り、モンマルトル》、1916年頃、個人蔵

《サン=ジャン=オ=ボワの教会(オワーズ県)》、1914年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《サン=ディディエの教会、ネイロン(アン県)》、1917-18年頃、八木ファインアート・コレクション

 

《郊外の教会》、1920年頃、パリ・ポンピドゥセンター

 

 

階段で3階に降りる。

 

第3章 色彩の時代

 

《モンマルトルのミミ=パンソンの家とサクレ=クール寺院、モン=スニ通り(モンマルトルのサクレ=クール寺院)》、1925年、SOMPO美術館

 

マルヌ川から望む大聖堂と市役所、モー(セーヌ=エ=マルヌ県)》、1920年頃、個人蔵

 

 

5 女性の描き方

 

《シャラント県アングレム、サン=ピエール大聖堂》、1935年、公益財団法人ひろしま美術館

 

《マジック=シティ 芸術家友の会の夜会》、1925年頃、西山美術館、撮影禁止

 

《アトリエ座》、1926年、パリ・ポンピドゥセンター

《モンマルトルの眺め》、1926年、パリ・ポンピドゥセンター

 

《クリスマスの花》、1941年、個人蔵

 

《オーモン近郊の学校(ノール県)》、1926年、個人蔵

《郊外の教会》、1921年頃、個人蔵

 

《ボワシエール・エコールの教会と通り(イヴリヌ県)》、1935年頃、個人蔵(協力:翠波画廊)

《聖トマス教会、モンマニー(ヴァル=ドワーズ県)》、1938-40年頃、個人蔵(協力:翠波画廊)

《ラパン・アジル、サン=ヴァンサン通り、モンマルトル》、1927年、個人蔵

 

《モンマルトル、トゥレルのカフェ》、1935年頃、個人蔵(協力:翠波画廊)

《雪のサン=リュスティック通り、モンマルトル》、1933年頃、個人蔵

《ピュイサントのノートル=ダム礼拝堂、雪景色、ポミエ(ローヌ県)》、1933年、個人蔵

《サン=ヴァンサン通り、雪のラパン・アジル、モンマルトル》、1936-38年頃、個人蔵(協力:翠波画廊)

 

《雪のヴェジネ、聖ポリーヌ教会》、1938年、個人蔵

《郊外の雪道》、1946年、西山美術館、撮影禁止

《モンマルトルのムーラン・ド・ラ・ガレット》、1922年頃、個人蔵

 

手稿「絵画芸術」、1920年頃、エレーヌ・ブリュノー、撮影禁止

 

《ラヴィニャン通り、モンマルトル》、1940-42年頃、個人蔵

 ラヴィニャン通りの13番地にはアトリエ洗濯船があった。

 

《村の通り》、1940年、個人蔵

 

 

収蔵品コーナー

 

東郷青児《南仏風景》、1922年

東郷青児《ムードンの風景》、1922年

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》、1888年