12時00分に予約をした浅草東武ホテル SEASON'S RESTAURANT 壱之壱
プリフィクス・コース
スモークサーモンと帆立の炙り 菜の花とワサビの和風ビネグレット仕立て
馬刺し
うなぎの柳川
デザート:クリームブリュレ、ベイクドチーズケーキ、焼き菓子(フィナンシェ、スノーボール)
雷門は風神・雷神が守護する浅草寺の総門であり、正式名称は「風雷神門」。
現在の門は、1960年にパナソニック創業者・松下幸之助の寄進により再建された。
提灯の底には龍の彫刻が施されている。
仲見世通りは雷門から宝蔵門まで約250m続く浅草寺の表参道。
参道の両側に朱塗りの店舗が並ぶ、日本で最も古い商店街の一つ。
浅草寺の始まりは飛鳥時代の628年(推古天皇36年) 、東京都内最古の寺で1400年近い歴史をもつ。源頼朝が平家追討に際して勝利を祈願したことに始まり、足利尊氏、徳川家康と、幕府を開いた3人の全てと関わりがある。
国宝に指定されていた旧本堂は1945年3月10日の東京大空襲により焼失したが、1958年に再建された。本堂はこれまで幾度も被災し、縁起や記録類によると現在まで20回近く再建されてきたらしい。
五重塔、弁天山の時の鐘も見る。
伝法院という非公開の庭園もあるよう。
浅草神社にもお参り。
仲見世通りにある浅草九重のあげまんじゅうは行列だったため買わず。
あげまんじゅう 浅草九重 | 浅草寺から三軒目。あげまんじゅうの実演販売。
13時32分に浅草駅発の東京メトロ銀座線で約20分、13時51分に新橋駅に到着。
2003年4月に現在のパナソニック東京汐留ビル4階に開館し、2023年は20周年。ジョルジュ・ルオーの作品など約260点をコレクションしており、「ルオー・ギャラリー」で常設展示している。
パナソニック汐留美術館 Panasonic Shiodome Museum of Art | Panasonic
2025年8月25日に「ピクチャレスク陶芸 アートを楽しむやきもの―「民藝」から現代まで」を見て以来。
美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像
作品リスト
https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260115/pdf/list.pdf
展覧会概要
ユートピアは、イギリスの思想家トマス・モアの小説タイトルで、「どこにもない場所」を意味します。
同じくイギリスの社会思想家、ウィリアム・モリスは自著『ユートピア便り』の中で、暮らしと芸術の総合を唱え、今ここにある課題をみつめ、どこにもない理想を夢みています。
中略
この展覧会では暮らしにまつわる過去をたずね、未来を夢みるさまざまな運動を、「ユートピア」と呼びます。そして「美しさ」にまつわる芸術、装飾工芸、建築デザインにテーマを絞り、暮らしの中の「美しいユートピア」をみつめます。さらに「美しいユートピア」の歴史をたずねるだけでなく、未来への手がかりとします。美しい暮らしを求める20世紀日本のユートピアをたずね、当時の来るべき世界を振り返り、今日のユートピアを思い描く方法を探ります。
第1章 ユートピアへの憧れ1849-1929
西欧に憧れ、アジアにめざめる。
雑誌『白樺』、「民藝」運動などから20世紀日本の理想主義が芽生える
岸田劉生《B.L.の肖像(バーナード・リーチ像)》、1913
バーナード・リーチ《生命の木のモチーフのある湯呑》、1913-17
ウィリアム・モリス(発行:ケルムスコット・プレス)、『ユートピア便り』、1892
白樺社『セザンヌ・ゴオホ画集』、1921
富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司、柳宗悦、『日本民藝美術館設立趣意書』、1926
第2章 たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク1917-1943
民家研究、民具調査など「民」をめぐるフィールドワークが、ジャンルや国境を越えてミュージアムを育む
アチックミューゼアム、関東達磨市分布図、1929-30年頃
第3章 夢みる 都市と郊外のコミュニティ1926-1949
関東大震災後、郊外アトリエや芸術家村が生まれる。
その交友から「新人画会」が理想を戦後へつなぐ
建築:立原道造、模型:文化学園大学 種田ゼミ、模型 ヒアシンスハウス、2025
靉光《風景》、1932年頃
寺田政明《谷中真島町(モデル坂付近)》、1932
松本竣介《運河風景》、1943
松本竣介《立てる像下絵》1942
《立てる像》は一昨日SOMPO美術館の「モダンアートの街・新宿」で見たばかり。
鶴岡政男《夜の群像》、1949、群馬県立近代美術館
これも「モダンアートの街・新宿」で話に出た、まさか見れるとは。
麻生三郎《裸婦》、1939
第4章 試みる それぞれの「郷土」で1919-1936
郷土や「ドリームランド」で表現者の実践が始まる
瀧澤眞弓、日本農民美術研究所設計図、1922
筆:宮沢賢治、「農民藝術概論綱要」、1926
宮沢賢治《日輪と山》
宮沢賢治《無題(ケミカルガーデン)》
宮沢賢治《無題(みみずく)》
竹久夢二《山間思人》、1929
ブルーノ・タウト『Alpine Architektur』(アルプス建築)、1919
ブルーノ・タウト「ヤーンバスケット」
第5章 ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ1958-1993
戦後復興をデザインする芸術・建築と、「失われてゆく世界」を記録し
未来への手がかりを求める運動が前後して生まれ…
原画:アントニン・レーモンド、群馬音楽センター緞帳下絵《ポエム》、1960年頃
磯崎新、還元シリーズ MUSEUM-Ⅰ(群馬県立近代美術館)、1983
ルオー・ギャラリー
《人物のいる風景》
《花蘇芳の側にいる水浴の女たち》
《風景、乗馬》
《聖書の風景》
《キリストと漁夫たち》
メインの半円形の通路から分かれる感じの展示室で面白かった。
江戸時代は将軍家の鷹狩場で、のちに屋敷が建てられ将軍家の別邸(浜御殿)となり、明治維新後に皇室の離宮(浜離宮)となった。1945年(昭和20年)11月3日に東京都に下賜され、整備のうえ1946年(昭和21年)4月から有料公開された。
江戸時代から続く庭園では、都内唯一の海水の池がある。東京湾の水位の上下に従って水門を開閉し、池の水の出入りを調節しているよう。
鴨場
馬場跡
富士見山
竹芝
将軍お上がり場。鳥羽伏見の戦いの後に、徳川慶喜が大阪から帰還したときに上陸した場所でもある。
庚申堂鴨場
鷹の御茶屋
三百年の松。1709年に6代将軍徳川家宣が庭園の大改修を行った頃に植えられたと言われ、現在では都内最大級の黒松のよう。