山中城跡・楽寿園・三嶋大社・柿田川湧水公園・松蔭寺

山中城

山中城は戦国時代末期に小田原に本城をおいた後北条氏によって築城されたが、1590年(天正18年)に豊臣軍の攻撃をうけ、わずか半日で落城したと伝わる。日本百名城の一つ。

山中城跡(国指定文化財「史跡」)|三島市

 

戦国時代末期の山城の様子がよくわかり、1934年(昭和9年)に国の指定史跡となっている。1981年(昭和56年)に三島市制40周年に合わせて史跡公園として一般開放されている。

堀の中に土手状の畝を掘り残して区画し、上から見ると障子や田畑の畝のように見える「障子堀」や「畝堀」は後北条氏の城に特徴的な堀の形。

 

三島市立公園 楽寿園

明治時代に小松宮彰仁親王の別邸として建てられた楽寿館が名前の由来で、富士山が噴火した時に流れ出た溶岩流「三島溶岩流」を見ることができる。

三島市立公園 楽寿園(Rakujyuen)

国の天然記念物・名勝にも指定されている。

第73回菊まつりが開催されていた。

盆景のテーマは令和7年に鎮座130年を迎えた「平安神宮」。高さ4mのオブジェに合わせて、約8,000鉢の菊の花が彩られている。

【楽寿園】第73回菊まつり10月30日(木)~11月30日(日)|三島市立公園 楽寿園


園内には三島市郷土資料館もある。

三島市郷土資料館

小浜池は水が無かった。

いこいの松


三島信用金庫本店

 

昼食は蒲焼き高田屋で、上鰻重(鰻3/4切れ)、肝吸い、香の物付き(3,800円)。

三島の和食・蒲焼き 高田屋です

 

源兵衛川

楽寿園に湧き出す富士山の伏流水が源流で、市街地を通り中郷温水池(ため池)まで流れている全長約1.5kmの農業用水路。

 

みしまプラザホテル

【公式】静岡県三島市のホテル|三嶋大社より徒歩3分 | みしまプラザホテル

 

三嶋大社

伊豆国一の宮で、源頼朝が源氏再興を祈願した場所。

三嶋大社

本殿(1866年(慶応2年)竣功)は重要文化財

三嶋大社金木犀」(薄黄木犀)は昭和9年に国の天然記念物の指定を受けた。
推定樹齢は1200年を越え、最古で最大のモクセイらしい。

神鹿園の鹿は、1919年(大正8年)に奈良の春日大社より雄雌8頭を譲り受けたことに始まり、毎年3月22日に神鹿記念祭が行われるよう。

境内の福太郎茶屋で縁起餅「福太郎」(こしあんでくるんだ草餅)をお土産に購入。

縁起餅「福太郎」 | 三嶋大社

 

柿田川湧水公園

柿田川は富士山からの雪解け水が地上に湧き出る湧水群があり、長良川岐阜県)・四万十川高知県)とともに日本三大清流の一つに数えられる。

特設サイト「柿田川 | Kakita River」 - 静岡県清水町

全長は約1.2キロメートルで日本一短い一級河川で、国の天然記念物にも指定されている。日本名水百選、21世紀に残したい日本の自然百選にも選ばれている。

 

第二展望台

第一展望台

水が湧き出る「湧き間」を見ると、水が本当に青く透き通っていた。

 

松蔭寺

臨済宗中興の祖とされる白隠慧鶴が住職を務めた寺として知られる。

平成28年に開山堂と山門が国の有形文化財に登録された。

松蔭寺と白隠禅師は「ぬまづの宝100選」に選ばれている。

ぬまづの宝100選/沼津市

伊豆2 最乗寺

1泊2日の伊豆旅行、2日目。

 

6時10分に起床して日の出を見ようとしたが、雲で見えなかった。

 

熱川プリンスホテルの朝食は、「まごわやさしい」朝ごはん。

まごわやさしいとは、まめ類、ごまやナッツ等の種実類、わかめ(海藻類)、やさい、さかな、しいたけ(きのこ類)、いも類の頭文字をとった言葉で、健康的な食生活を送るために取り入れたい食材のこと。

 

 

昼食は13時00分に予約をした大雄山 茶屋 天んぐ。

大雄山最乗寺参道の入り口にある「茶屋 天んぐ」 | 大雄山 茶屋 天んぐ

 

天んぐ御膳(2,420円)

おこわ、茶碗蒸し、温野菜ともち豚のしゃぶしゃぶ、汁物他、珈琲

 

大雄山 最乗寺

1394年(応永元年)に建てられた。

曹洞宗 大雄山最乗寺

 

本堂(護国殿)

金剛水

洗心の滝

結界門

御真殿「妙覚宝殿」

 

世界一大きい和合下駄

約3トンあり、くぐると御利益があると言われている。

 

奥の院

 

 

伊豆山神社は行かなかった。
源頼朝が源氏の再興を祈願した神社で、悲願を成し遂げた頼朝は神恩に感謝し、当神社を「関八州総鎮護」と崇めた。源頼朝北条政子が腰掛けた腰掛石もある。

関八州総鎮護 伊豆山神社(伊豆神社・走湯神社の起源となった総本社)

 

2025年11月27日~11月28日 伊豆旅行

伊豆1 来宮神社・熱海梅園・修善寺・一碧湖

1泊2日の伊豆旅行、1日目。

 

来宮神社(來宮神社)

熱海 來宮神社 - きのみやじんじゃ

樹齢2,100年以上の大楠は日本最樹齢の樟で国指定天然記念物。

 

熱海梅園

1886年明治19年)に開園し、日本一早咲きの梅、日本一遅い紅葉の名所で有名らしい。

毎年11月中旬~12月上旬に第一号の梅の花が開くようで、今年度は2025年(令和7年)10月7日に開花を確認したらしい。

梅 開花情報|熱海市公式ウェブサイト

 

2024年2月29日に訪れて以来。

 

 

修善寺へ。

修善寺温泉は約1,200年前に弘法大師が発見した温泉。

【公式】ノスタルジックロマン 伊豆 修善寺温泉

 

2022年9月4日に訪れて以来。

 

昼食は胡々で、ごま汁せいろ。

 

桂橋、竹林の小径、楓橋と歩く。

 

修善寺物語という、源頼家と頼家が面作りを頼んだ職人の娘・桂が修善寺で愛を育んだという歌舞伎の演目があるらしい。

渡月橋「みそめ橋」、虎渓橋「あこがれ橋」、桂橋「結ばれ橋」、楓橋「寄り添い橋」、滝下橋「安らぎ橋」。桂川に架かる5つの橋を、願いをかけながら渡ると、恋が成就するよう。

 

独鈷(とっこ)の湯

温泉街のほぼ中心に位置し、桂川の清流の中に湧く温泉で、修善寺温泉の原点。

 

曹洞宗福地山 修禅寺

807年(大同2年)に弘法大師が開創。

 

庭園は通常非公開だが11月21日~12月2日の期間は特別公開中のはずだったが、雨のため公開されていなかった。

 

指月殿、源頼家の墓と見る。

 

修善寺自然公園 もみじ林

 

一碧湖と思ったら、沼池。

 

本当の一碧湖

約10万年前の噴火でできた火口湖。

「伊豆の瞳」とも呼ばれ、日本百景にも選ばれている。

 

熱川温泉

熱川温泉旅館組合

 

温泉櫓

 

御湯かけ弁財天はお湯掛け七福神の一人。

 

布袋尊、大黒天も見る。

 

今日のホテルは、熱川プリンスホテル

海眺め和室。

熱川プリンスホテル【公式】|個性豊かな12の湯舟と天空露天風呂

 

夕食は「白銀〜SHIROGANE〜」コース。

 

旬の祭り

新鮮魚介の刺盛り

金目鯛煮付

熱川ポーク卯の花

ご飯、赤出汁、香の物三種盛り、鯖昆布と大和芋

抹茶寒天

 

2025年11月27日~11月28日 伊豆旅行

神宮外苑いちょう並木・新宿御苑

11時16分に赤坂見附駅に到着。

 

昼食は天ぷら かねきで、特製天丼。

天ぷら かねき - 接待 天ぷら ワイン

 

豊川稲荷東京別院へ。

正式名は「宗教法人 豐川閣妙嚴寺」といい、山号を圓福山とする曹洞宗の寺院。

「稲荷」という場合は「狐を祀った神社」を想像するが、鎮守・豊川ダ枳尼眞天を祀るお寺。

豊川稲荷東京別院

 

美濃和紙あかりアート展 in 豊川稲荷東京別院が行われていて、17時に点灯するよう。

本家の第32回(2025)美濃和紙あかりアート展は、岐阜県美濃市の「うだつの上がる町並み」で開催されるいる。

【公式】美濃和紙あかりアート展|岐阜県美濃市で毎年10月開催

 

神宮外苑いちょう並木

 

聖徳記念絵画館は2025年(令和7年)4月1日~2027年(令和9年)5月末(予定)の間、耐震補強及び保存修理工事のため休館。

明治神宮外苑|聖徳記念絵画館

 

聖徳記念絵画館の建物は1926年(大正15年)に竣工した重要文化財

 

聖徳記念絵画館の前では、東京クリスマスマーケット2025 in 神宮外苑が行われていた。

東京クリスマスマーケット2025 in 神宮外苑 | 東京クリスマスマーケット2025

 

東京体育館には東京2025デフリンピックが開催中のため幟があった。

東京2025デフリンピック | TOKYO 2025 DEAFLYMPICS

 

歩いて、新宿御苑へ。

新宿御苑 | 一般財団法人国民公園協会

 

1716年創業の笹屋伊織が協働運営するSASAYAIORI+ 新宿御苑で、福来(ふっくら)どらやき宇治抹茶スペシャルを食べる。

SASAYAIORI+ 新宿御苑 | 京菓子 笹屋伊織

 

「京都祇園あのん」が手掛ける、「翔天亭 新宿御苑あのん」もあった。

翔天亭 新宿御苑あのん(カフェ/無料休憩所) : 新宿御苑 | 一般財団法人国民公園協会

オルセー美術館所蔵 印象派 室内をめぐる物語(国立西洋美術館)

9時50分に上野駅に到着。

 

国立西洋美術館

 

印象派展×大絶滅展 上野おとなりセット券(4,100円)を利用。

別々に購入した場合の4,600円(2,300円×2)より500円安い。

 

オルセー美術館所蔵 印象派 室内をめぐる物語

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語|国立西洋美術館

作品リスト

https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2025orsay_list.pdf

 

第一回 印象派展が開かれたのは1874年で、昨年2024年に150周年を迎えた。

また、来年2026年はクロード・モネ没後100周年、オルセー美術館開館40周年。

 

オルセー美術館

Musée d'Orsay

10月3日に訪れたときのブログ

 

Ⅰ 室内の肖像—創作の空間で/モデルを映し出す部屋で

かつて王侯貴族が主な依頼主だった肖像画は19世紀後半になるとフランスの中産階級にも広まった。

聖書や神話の世界を描く歴史画を最も高位とみなす伝統的な芸術観が次第に廃れ、親しみやすい肖像画が風景画と並んで近代市民社会の担い手たちに好まれた。

 

I–1 投影された「富、階級、職業」

 

フレデリック・バジール《ピエール=オーギュスト・ルノワール

 

フレデリック・バジール《バジールのアトリエ、ラ・コンダミンヌ通り》

 バジール、マネ、モネ(シスレー?)、ルノワールエミール・ゾラが描かれているとも言われる。

 

シャルル・デザヴァリ《絵を描くコロー》

エドガー・ドガ《メニル=ユベールのビリヤード室》

エドガー・ドガ《ドガとエヴァリスト・ド・ヴァレルヌ》

 

エドゥアール・マネエミール・ゾラ

 マネの《オランピア》(オルセー美術館)やマネが敬愛したスペインの巨匠ベラスケスの《バッカスの勝利》(プラド美術館)の複製版画、マネが所有していた浮世絵版画や屏風なども描かれる。

 

ポール・セザンヌ《ギュスターヴ・ジェフロワ》

 

I–2 装飾としての女性

 

クロード・モネ《ルイ・ジョアシャン・ゴーディベール夫人》

ジェームズ・ティソ《 L.L.嬢の肖像》

 

I–3 家族の肖像―「社会と心理の実験室」としての家庭

 

エドガー・ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》

 

アンリ・ファンタン=ラトゥール《デュブール家の肖像》

メアリー・カサット《モレル・ダルルー伯爵夫人と息子》

ルフレッド・ステヴァンス《この上ない幸福》

アンリ・ファンタン=ラトゥール《デュブール家の肖像》

アルベール・ベナール《ある家族》

クロード・モネ《アパルトマンの一隅》

ウジェーヌ・カリエール《病気の子ども》

ポール・マテ《室内の子どもと女性》

 

Ⅱ 日常の情景—気晴らし、夢想、親密さ

19世紀には、都会を中心に職場と住まいとの分離が進み、公的・社会的な外の世界と、私的な空間である家庭との境界が明確になってきた。それに伴って、家は外界からの隠れ家、憩いの場となることが求められた。

 

II–1 家でのくつろぎ―休息、娯楽、手仕事

 

エドガー・ドガ《マネとマネ夫人像》

 ドガは本作をマネ夫妻に贈ったが、妻の顔の描写に憤慨したマネがカンヴァスを切断した。右1/4くらいが切れて夫人の顔が見えないが、どんな顔だったか見てみたかった。

 

エドゥアール・マネ《ピアノを弾くマネ夫人》

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノを弾く少女たち》

 ルノワールはほとんど同じ構図のものを6点描いたが、この作品が国家買い上げとなり、オルセー美術館に所蔵されている。

 6月5日に三菱一号館美術館ルノワール×セザンヌ―モダンを拓いた2人の巨匠」で見た《ピアノの前の少女たち》とは違う?

 

ギュスターヴ・カイユボット《ピアノのレッスン》

エティエンヌ・モロー=ネラトン《読書》

 

ルフレッド・スミス《画家の母の肖像》

 足元で丸くなっている犬の可愛さ。

 

アンリ・ファンタン=ラトゥール《ヴィクトリア・デュブール》

エルネスト・デュエズ《ランプを囲んで》

クロード・モネ《瞑想、長椅子に座るモネ夫人》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《読書する少女》

 

II–2 私的な日課―入浴、身づくろい

エドガー・ドガ《足治療師》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《身づくろい(髪をとかす女)》

エドガー・ドガ《背中を拭く女》

ルフレッド・ステヴァンス《入浴》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《大きな裸婦》

 

Ⅲ  室内の外光と自然—取り込まれる風景、植物

III–1 内と外の交わり—テラス、バルコニー、温室、花々

印象派の画家は戸外制作に励み、光や大気の移ろいを表した。彼らはその感覚を活かし、室内にも戸外の風景や自然を取り込む。

ガラス温室は19世紀に都市部で人気を博し、ブルジョワたちの邸宅にも設置されて室内装飾の一部となった。

 

アルベール・バルトロメ《温室の中で》

 本作で夫人が着ている「アルベール・バルトロメ夫人のドレス」も展示されている。絵が描かれてまもなく夫人は病で亡くなってしまうが、バルトロメは絵だけでなくドレスも生涯手放さなかった。

 

ベルト・モリゾ《テラスにて》

エドゥアール・マネ《バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)》

マリー・ルイーズ・ヴィクトリア・ デュブール《花》

エドゥアール・マネ芍薬の枝と剪定鋏》

アンリ・ファンタン=ラトゥール《鉢にいけられたバラ》《花瓶にいけられた菊》

 

寝椅子、読書テーブル

 

カミーユピサロ《丸太作りの植木鉢と花》

ポール・セザンヌ《大きなデルフト陶器にいけられたダリア》

ピエール=オーギュスト・ルノワールグラジオラス》

 

階段で下に降りる。

 

III–2 ジャポニスム—装飾としての自然

1867年のパリ万博をきっかけいに広まったジャポニスムは、印象派だけではなく、装飾芸術にも影響を与えた。

 

アンリ・ランベール(絵付)・ウジェーヌ・ルソー(企画販売)「セルヴィス・ランベール=ルソー」より

平皿 :鶏に蛙

平皿 :夏菊に雀

平皿 :佐州塚原雪中

平皿 :バッタ

平皿 :燕

平皿 :藤沢

 

エミール=オーギュスト・レイベール(図案)・クリストフル社《暖炉飾り(時計と燭台)》

 

エドゥアール・マネ《白菊の図》

エミール・ガレ《花挿:湖水風景》

エドゥアール・ドゥバ=ポンサン《エドゥアール・ドゥバ=ポンサン夫人》

 

Ⅳ 印象派の装飾—室内への新しいまなざし

装飾美術は有用性や産業と結びつくために、絵画・彫刻・素描などの純粋芸術より低位とみなされてきた。しかし19世紀末にかけて、その考えは次第に薄れてくる。

印象派は屋内と屋外の境界を取り払うかのように、壁面装飾によって室内を自然の光や風景で満たした。

 

IV–1 壁面を彩る—現代的な装飾に向かって

 

モリゾの応接間兼アトリエの再現模型

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール《神殿の舞(イオカステ)》《風景(タペストリーの下絵)》《ローヌの腕に飛び込むソーヌ》

シャルル=ジュスタン・ル・クール《ジョルジュ・ビベスコ公の邸宅設計案》

 

クロード・モネ七面鳥

 《印象、日の出》(マルモッタン・モネ美術館)を購入したオシュデがパリ近郊モンジュロンに所有する城館内を装飾するために描かれた。

 

エドゥアール・マネ《花の中の子ども(ジャック・オシュデ)》

 

カミーユピサロ《タイル「船着場」》《収穫》

ピエール=オーギュスト・ルノワール・リシャール・ギノ《置時計「生の賛歌」》

 

階段で上に上がる。

ここから先は撮影可能。

 

IV–2 屋内の風景、あるいは内なる風景

印象派による室内への自然の取り込みは、壁面装飾のかたちで新しい芸術形式を生み出すことになり、オランジェリー美術館の「睡蓮の間」に結実する。

そこでは、睡蓮を浮かべた水面に取り囲まれる空間で、室内にいながら自然への没入を体感できる。

 

エルネスト・クォスト《バラ》

 

ギュスターヴ・カイユボット《ヒナギクの花壇》

 

クロード・モネ《睡蓮》、1913年、毛織物 、モビリエ・ナショナル (フランス国有動産管理局)

 モネの油彩画にもとづく毛織物。

 

《睡蓮》、1916年、国立西洋美術館(松方コレクション)

 松方幸次郎がモネから直接購入したもの。

 邸宅の室内装飾を想定していた睡蓮の連作は、やがて公共建築を舞台とする大装飾画プロジェクトへと発展する。

 

《睡蓮、柳の反映》、1916年、国立西洋美術館(松方幸次郎氏御遺族より寄贈、旧松方コレクション)

 松方がモネから直接購入したもの。戦争等の紆余曲折を経て、2016年にルーヴル美術館内で発見され、翌年に松方家より国立西洋美術館に寄贈された。

 上部の欠損は、フランスに留め置かれていた第二次世界大戦時、作品疎開中に受けた湿気等の被害によるものと考えられる。

 

昼食はCAFÉ すいれん。

14時05分に並び、14時30分に入る。

企画展特別コース(3,900円)は一昨日11月18日に東京都美術館の「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」を見に来た時に食べた。

 

1日12食限定で今日は売り切れのため、ローストビーフコース(3,300円)を注文。

前菜盛り合わせ、季節のスープ

ローストビーフ 和風オニオンソース ~グリル野菜を添えて~

季節のデザート

オペラ(950円)を追加。

 

常設展へ。

2室

パオロ・ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)《聖カタリナの神秘の結婚》

ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ

 

4室

ピーテル・ブリューゲル(子)《鳥罠のある冬景色》

ヤン・ブリューゲル(父)《アブラハムとイサクのいる森林風景》

 

フルーニング美術館・国立西洋美術館所蔵

フランドル聖人伝板絵―100年越しの“再会”

フルーニング美術館・国立西洋美術館所蔵 フランドル聖人伝板絵―100年越しの“再会”|国立西洋美術館

ブリュージュのフルーニング美術館と国立西洋美術館には、キリストの使徒・聖ヤコブの生涯の物語場面を描いた板絵が所蔵されている。

国立西洋美術館の調査の結果、国立西洋美術館の作品がブリュージュの作品と、かつて同一の祭壇装飾ないし連作に属したものであることが確認された。これを機に企画された本展で、20世紀初頭にベルギーと日本に分かたれた二作品が100年越しの再会を果たす。

 

作者不詳《聖ヤコブおよび聖ヨハネ伝の諸場面》、1525 、フルーニング美術館・ブリュージュ

作者不詳《聖ヤコブ伝》、国立西洋美術館・旧松方コレクション

 

5室

コルネイユ・ヴァン・クレーヴ《プシュケとクピド》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《横たわる浴女》

ヨハネス・フェルメール (に帰属)《聖プラクセディス

梶光夫 (デザイン)《小鳥を慈しむ少女のペンダント》

 

6室

ユベール・ロベール《マルクス・アウレリウス騎馬像、トラヤヌス記念柱、神殿の見える空想のローマ景観》

ユベール・ロベール《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》

 

7室

ジャン=フランソワ・ミレー《春(ダフニスとクロエ)》

 装飾画連作「四季」の一つ。

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《ナポリの浜の思い出》

 

8室

ギュスターヴ・クールベ《りんご》

アンリ・ファンタン=ラトゥール《花と果物、ワイン容れのある静物

ポール・セザンヌ《散歩》

ベルト・モリゾ《黒いドレスの女性(観劇の前)》

エドガー・ドガ《舞台袖の3人の踊り子》

ピエール=オーギュスト・ルノワールアルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《帽子の女》

 

9室

クロード・モネ《並木道(サン=シメオン農場の道)》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《木かげ》

クロード・モネ《しゃくやくの花園》

クロード・モネ《睡蓮》

 最初期の「睡蓮」と推定される、現存する8点の作品の一つ。

クロード・モネ《舟遊び》

オーギュスト・ロダン《勧告》

クロード・モネ《セーヌ河の朝》

クロード・モネ《柳》、撮影禁止

クロード・モネ《陽を浴びるポプラ並木》

クロード・モネ《波立つプールヴィルの海》

エドゥアール・マネ《嵐の海》

 

版画素描展示室、小企画展「物語る黒線たち――デューラー「三大書物」の木版画

物語る黒線たち――デューラー「三大書物」の木版画|国立西洋美術館

 

階段で1階に降りる。

 

11室

カミーユ・クローデルペルセウスとゴルゴーン》

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ《愛の杯》

ジョン・エヴァレット・ミレイ《あひるの子》

ジョヴァンニ・セガンティーニ《羊の剪毛》

ロヴィス・コリント《樫の木》(オークの木)

アウグスト・ストリンドベリインフェルノ(地獄)》

グスタフ・クリムト《アッター湖の島》

アクセリ・ガッレン=カッレラ《ケイテレ湖》

アリスティード・マイヨール《ヴィーナスのトルソ》

ヴィルヘルム・ハンマースホイハマスホイ)《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》

ギュスターヴ・モローピエタ

カミーユピサロ《エラニーの秋》

ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》

フィンセント・ファン・ゴッホ《ばら》

ポール・シニャック《サン=トロぺの港》

ポール・シニャック《サン・ジャン要塞》、撮影禁止

 

オーギュスト・ロダン《接吻》

オーギュスト・ロダン《私は美しい》

オーギュスト・ロダン《うずくまる女》

 

12室

エドヴァルド・ムンク《雪の中の労働者たち》、撮影禁止

アルベール・グレーズ《収穫物の脱穀

 1912年にパリで開かれたキュビスムの歴史的な展覧会「セクション・ドール(黄金分割)」に出品された。

フェルナン・レジェ《赤い鶏と青い空》

マックス・エルンスト《石化した森》SNS禁止

ジョアン・ミロ《絵画》、SNS禁止

ジャン・デュビュッフェ《美しい尾の牝牛》、SNS禁止

ジャクソン・ポロック《ナンバー8, 1951 黒い流れ》

パブロ・ピカソ《男と女》

アルベルト・ジャコメッティ《カロリーヌ》

ル・コルビュジエ《牡牛 XVⅢ》、SNS禁止

牡牛XVIII | Galerie Taisei | 大成建設

フランク・ブラングィン《松方幸次郎の肖像》

藤田嗣治《坐る女》、SNS禁止

エドモン゠フランソワ・アマン゠ジャン《日本婦人の肖像(黒木夫人)》

パブロ・ピカソ《小さな丸帽子を被って座る女性》

ピエール・ボナール《花》

 

オーギュスト・ロダン地獄の門

 

10時00分頃から閉館間際の17時20分まで楽しめた!

ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢(東京都美術館)

10時01分に上野駅に到着。

 

国立西洋美術館

国立西洋美術館

 

CAFÉ すいれん。

10時00分開店と調べて行ったが、11時00分まではカフェタイムのため、コーヒーを飲んで待つ。

企画展特別コース3,900円

前菜盛り合わせ 季節の色彩サラダ・蟹の冷製ロワイヤル・合鴨とぶどうのコンフィ

白トリュフ香るホワイトスープ

牛肉のブルゴーニュワイン煮込み

りんごとカルヴァドスのカラメリゼとバニラアイス

 

オーギュスト・ロダンカレーの市民

オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》

 

 

東京都美術館

東京都美術館

 

12時頃に着いたが、チケット購入の行列。ネットでは買えないのか?

と思ったら、入場も20分待ちの行列。

 

ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢

 

作品リスト

https://www.tobikan.jp/media/pdf/2025/vangogh_worklist.pdf

 

第1章 ファン・ゴッホ家のコレクションからファン・ゴッホ美術館へ

 

フィンセント・ファン・ゴッホ

 27歳で画家になることを決意し、37歳で亡くなるまでの10年間で、約2,000点の作品を残した。

 

テオドルス・ファン・ゴッホゴッホの弟、愛称テオ)

 

ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(テオの配偶者、ゴッホの義妹、愛称ヨー)

 ゴッホの手紙は900通以上が残されていて、ゴッホの人となりや芸術観、制作経緯を知ることができる。ヨーはその手紙を整理して、1914年に出版した。

 

フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(テオとヨーの子、ゴッホの甥)

1960年にフィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立。

《花咲くアーモンドの木の枝》はゴッホが彼の誕生を祝って描いて贈ったもの。

 

1973年に国立フィンセント・ファン・ゴッホ美術館(現ファン・ゴッホ美術館)開館。

美術館に行こう - Van Gogh Museum

 

第2章 フィンセントとテオ、ファン・ゴッホ兄弟のコレクション

 

ジョン・ピーター・ラッセル《フィンセント・ファン・ゴッホの肖像》1886年8-9月

オーギュスト・ルペール《雪のモンマルトル》1876-77年

 

アルマン・ギヨマン《パレットを持つ自画像》1878年

 ゴッホは「肖像画の模範」と称賛した。

 

アドルフ・モンティセリ《花瓶の花》1875年頃

ポール・ゴーガン《雪のパリ》1894年

ポール・ゴーガン《クレオパトラの壷》1887-88年

アンリ・ファンタン=ラトゥール《花》1877年

 

エルネスト・クォスト《タチアオイの咲く庭》1886-90年

 「クォストにはタチアオイ、だとしたら、僕の花はひまわり」

 

エドゥアール・マネ《剣を持つ少年、左向き》1862年

 

渓斎英泉《夜の楼》1849-51(嘉永2-4)年

歌川広重《名所江戸百景 廓中東雲》1857(安政4)年

三代歌川豊国(歌川国貞)《東海道名所風景 日本橋1863年文久3)年

三代歌川豊国(歌川国貞)《花源氏夜の俤》1861(文久元)年

 

ファン・ゴッホ美術館に所蔵されるファン・ゴッホ家に受け継がれた浮世絵は500点を超える。

 

第3章 フィンセント・ファン・ゴッホの絵画と素描

 

《種まく人》1888年11月

 「神の言葉を種まく人、僕はそういう人になりたい」

 

エスカレーターで1階へ上がる。

 

オランダ

《ルナリアを生けた花瓶》1884年秋-冬

《女性の顔》1885年4月

《鳥の巣》1885年9–10月

《小屋》1885年5月

 

パリ

1886年2月28日頃、テオを頼ってパリに移り住む。

グラジオラスとエゾギクを生けた花瓶》1886年8–9月

アブサンが置かれたカフェテーブル》1887年2–3月

《モンマルトル:風車と菜園》1887年3–4月

《画家としての自画像》1887年12月-1888年2月

 

アルル

1888年2月19日、パリを出発、2月20日に南仏アルルに到着。

 

《浜辺の漁船、サント=マリー=ド=ラ=メールにて》1888年6月

《耕された畑(「畝」)》1888年9月

 

1888年12月23日、左耳を切る。

 

サン=レミ / オーヴェール=シュル=オワーズ

1889年5月8日、サン=レミのサン=ポール=ド=モーザール療養院に入院する。

 

《木底の革靴》1889年秋

《麦を束ねる農婦(ミレーによる)》1889年9月

《羊毛を刈る人(ミレーによる)》1889年9月

《オリーブ園》1889年11月

《夜(ミレーによる)》1889年10–11月

 ミレーの連作《一日の4つの時》の模写。

 

1890年5月16日、サン=レミを出る。

1890年5月20日、オーヴェール=シュル=オワーズに着く。

 

《麦の穂》1890年6月

《農家》1890年5–6月

 

1890年7月27日、ピストルで自らを撃ち、29日死去。

 

映像「フィンセント・ファン・ゴッホの最期 そして家族は⋯」(約5分40秒)

 

エスカレーターで2階へ。

 

第4章 ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルが売却した絵画

 

『テオ・ファン・ゴッホとヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルの会計簿』1889-1925年

 ヨーがゴッホ作品の売却を細かく記録したことで、ゴッホ研究にとって極めて貴重な資料となっている。

 

《ボートの浮かぶセーヌ川》1887年5月中旬-6月下旬、個人蔵

 

《モンマルトルの菜園》1887年、アムステルダム市立美術館

 ゴッホが描いた最も大きな作品。ヨーが記した会計簿には、1914年4月6日、12,000ギルダーで売却されたことが記録されている。

 

《一日の終り(ミレーによる)》1889年11月、メナード美術館

 これもミレーの連作《一日の4つの時》の模写。

 

第5章 コレクションの充実 作品収集

 

《ヨーゼフ・ブロックの肖像》1882年11月

 ヨーゼフ・ブロックはハーグで本屋を営んでいて、ゴッホも常連だった。この作品は2004年にファン・ゴッホ美術館のコレクションに加わった。

 

レオン=オーギュスタン・レルミット《靴職人》1880年4月

 レルミットはフランスの写実主義の画家で、ゴッホは最も敬愛する画家であるミレーに並ぶ存在とみなしていた。

 

アルベール・ルブール《ろうそくの光で手紙を読む女性》1880年

 

アンリ・ド・トゥールーズロートレック《サン=ラザールにて》1886年

 サン=ラザールは女性を収容する監獄。

 

シャルル=ルイ=M・ウダール《カエル》1894年

エドゥアール・ヴュイヤール《子どもの遊び》1897年

 

テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡業公演のためのポスター》1896年

 1881年に開かれたパリのキャバレーで、影絵芝居で人気を集めた。

 

4月30日に岡山県立美術館の「ベル・エポック―美しき時代― パリに集った芸術家たち ワイズマン&マイケルコレクションを中心に」でも似たようなポスターを見た。

 

「傘を持つ老人の後ろ姿が描かれたアントン・ファン・ラッパルト宛ての手紙」1882 年 9 月 23 日頃

 

ジュール・バスティアン・ルパージュ《ブドウの収穫》1880年

カミー・ユピサロヴェルサイユ街道、ロカンクール》1871年

 

ポール・シニャック《フェリシテ号の浮桟橋、アニエール(作品143)》1886年

 シニャックゴッホは友人だったらしい!

 

シャルル・アングラン《サン=トゥアンのセーヌ川、朝》1886年

 

モーリス・ドニ《恐れ》1891年

モーリス・ド・ヴラマンク《ナンテールのセーヌ川》1906-07年

 

イマーシブ・コーナー、ここのみ撮影可能

運慶 祈りの空間―興福寺北円堂(東京国立博物館)

東京国立博物館

 

特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」

特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」:祈り 未来へ ~興福寺五重塔 令和大修理~

 

通常非公開である北円堂の本尊の弥勒如来坐像と両脇に控える無著・世親菩薩立像と、かつて北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像(現在は中金堂に安置されている)を合わせた7軀の国宝仏を一堂に展示することで、鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みる展覧会。

 

出品目録

https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/img/list.pdf

 

興福寺

669年(天智8年)に藤原鎌足が病気を患った際に、夫人の鏡女王が夫の回復を祈願して、山階寺(やましなでら)を造営した。672年の壬申の乱の後、飛鳥に都が戻った際に、山階寺も移され、厩坂寺(うまやさかでら)と名付けられた。

そして、710年(和銅3年)の平城京遷都とともに藤原不比等によって移され、興福寺と名付けられた。藤原氏の氏寺。

https://www.kohfukuji.com/

 

北円堂は創建者である藤原不比等の追善のために、一周忌にあたる721年8月に元明元正天皇が、長屋王に命じて建立させたと伝わる。

1049年、1180年と二度にわたって焼失したが、1210年頃に堂が完成、造像は運慶一門が手がけ、1212年頃には北円堂諸仏が再興された。

現存する興福寺の堂宇の中で最古の建物で、国宝に指定されている。

 

来場者全員にノベルティ「運慶展オリジナルカード」が配布される。

北円堂内の戸帳にあしらわれている樹木と鹿のモチーフをもとにデザインされたもの。

 

 

弥勒如来坐像、運慶作、鎌倉時代・建暦2年(1212)頃、奈良・興福寺蔵 北円堂安置、国宝

 

無著菩薩立像、運慶作、鎌倉時代・建暦2年(1212)頃、奈良・興福寺蔵 北円堂安置、国宝

世親菩薩立像、運慶作、鎌倉時代・建暦2年(1212)頃、奈良・興福寺蔵 北円堂安置、国宝

 古代インドの実在の僧侶で、二人は兄弟。

 

四天王立像(増長天)、鎌倉時代・13世紀、奈良・興福寺蔵 中金堂安置、国宝

 

四天王立像(広目天)、鎌倉時代・13世紀、奈良・興福寺蔵 中金堂安置、国宝

 南都焼討で失われる前の北円堂創建当初の仏像を意識してか、四天王立像は奈良時代の仏像に倣った要素が多い。ただ、奈良時代広目天像は筆と巻子を持つのが通例だが、この像は三又の槍を持つ。

 

四天王立像(多聞天)、鎌倉時代・13世紀、奈良・興福寺蔵 中金堂安置、国宝

 

四天王立像(持国天)、鎌倉時代・13世紀、奈良・興福寺蔵 中金堂安置、国宝

 

入るまで約10分待ちとの看板があったが、実際は約5分待ちだった。

 

 

平成館 企画展示室・ガイダンスルーム

ユネスコ無形文化遺産「伝統建築工匠の技」登録記念

「日光の彩色と金工 社寺建築の美しさの謎を解く」

東京会場 – 日光の彩色と金工 —社寺建築の美しさの謎を解く

 

展示品リスト

https://nikko.dougukan.jp/assets/pdf/exhibition_list.pdf

世界遺産日光の社寺」建造物一覧

https://nikko.dougukan.jp/assets/pdf/appendix_c.pdf

 

儀式用大工道具(釿、曲尺、墨芯、墨壺、道具箱)、江戸時代・17世紀、日光東照宮蔵、国宝

 1636年(寛永13年)、日光東照宮寛永大造替の棟梁を務めた甲良豊後宗広が奉納したと伝えられる。撮影禁止。

 

1日光の漆塗と彩色

東照宮下神庫  南面結綿  獅噛彫刻、江戸時代・17世紀、重要文化財

東照宮下神庫  南面西側棟通  大瓶束付き掛鼻  麒麟彫刻、重要文化財

東照宮下神庫  南面西側大瓶束付き掛鼻  象彫刻、重要文化財

東照宮下神庫  南面西側大瓶束付き掛鼻  雲彫刻、重要文化財

東照宮下神庫  東面  蟇股、重要文化財

 

天然岩絵の具の原石 鉄石英、代赭石、群青(アズライト原石)、緑青(マラカイト原石)

彩色顔料 本朱(黄口)、天然伊太利亜朱土、天然伊太利、亜金黄土、天然勧修寺黄土、松葉緑青、白緑青、白群(濃口)、岩群青

東照宮神厩欄間彫刻 平彩色見取図

 

2浄法寺の漆掻き

日光の社寺の修理で用いられる漆はすべて岩手県二戸市浄法寺の森で生産されている。

 

3縁付金箔製造

「縁付金箔」の生産は、現在金沢でのみおこなわれている。

 

4日光の金工

 

5東照宮陽明門組物模型

 

6最新のVR映像で学ぶ

VR映像『日光東照宮 国宝 陽明門』

 

 

本館2階へ

2室

法華経 妙荘厳王本事品(久能寺経)、平安時代・12世紀、国宝

撮影禁止

東京国立博物館 - 展示・催し物 展示 本館(日本ギャラリー) 国宝 法華経 妙荘厳王本事品(久能寺経) 作品リスト

 

3室

四季山水図屏風、伝周文筆、室町時代・15世紀、重要文化財

 

4室

大井戸茶碗 有楽井戸、朝鮮時代・16世紀、重要美術品

 

5室

梨地笹龍膽車紋蒔絵糸巻太刀(重要文化財 太刀 福岡一文字貞真の拵)、江戸時代・17~18世紀、重要文化財

 

7室

雪景山水図屏風

士農工商図屏風

瀟湘八景図屏風、狩野尚信筆、江戸時代・17世紀

 

8室

粟穂鶉図屏風、土佐光起筆、江戸時代・17世紀

 

10室

小袖 染分綸子地若松小花鹿紅葉模様、江戸時代・17世紀、重要文化財

 

1階へ

11室

毘沙門天立像、平安時代・応保2年(1162)、重要文化財

 

12室

楼閣山水蒔絵宝石箱、江戸時代・17世紀

 

13室

太刀(日光助真)、福岡一文字助真鎌倉時代・13世紀、国宝

黒漆打刀 太刀 福岡一文字助真日光助真)の拵、安土桃山~江戸時代・17世紀、国宝

 

太刀、備前国宗鎌倉時代・13世紀、国宝

太刀、福岡一文字吉房鎌倉時代・13世紀、重要文化財

 

脇指、長船元重、南北朝時代・14世紀、重要文化財

短刀、相州国広、鎌倉時代・元亨4年(1324) 、重要文化財

 

14室、KAKIEMON ―伊万里柿右衛門の世界―

東京国立博物館 - 展示・催し物 展示 本館(日本ギャラリー) KAKIEMON ―伊万里焼柿右衛門の世界― 作品リスト

柿右衛門様式とは、「濁手(にごしで)」と呼ばれる乳白色の地に、赤を主とする明るい色絵具を用いて余白のある構図で描くこと。

 

色絵竹虎文八角鉢、伊万里(柿右衛門様式)、江戸時代・17世紀

色絵傘人物文大壺、伊万里(柿右衛門様式)、江戸時代・17世紀

色絵花鳥文大深鉢、伊万里(柿右衛門様式)、江戸時代・17世紀、重要文化財

染付雲龍文鉢、伊万里、江戸時代・17世紀

色絵金襴手唐花文皿、伊万里、「元禄八乙亥 柿」染付銘、江戸時代・元禄8年(1695)

色絵兜花文皿、伊万里、「元禄十二年 柿」染付銘、江戸時代・元禄12年(1699)、重要美術品

撮影禁止

「静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝 後期」・新宿山ノ手七福神めぐり

静嘉堂文庫美術館

 

静嘉堂文庫は、1892年(明治25年)に岩﨑彌之助が東京駿河台の自邸内に創設。

静嘉堂の名称は中国の詩経の大雅・既酔編の「籩豆静嘉(へんとうせいか)」の句から採った彌之助の堂号で、祖先の霊前への供物が美しく整うという意味。

創設130周年を迎える2022年(令和4年)に、美術館の展示ギャラリーを、丸の内の重要文化財建築・明治生命館1階へ移転させた。岩﨑彌之助が東京丸の内での美術館の建設を願っていたらしい。

国宝7件を含む、約6,500件の東洋古美術品を収蔵。

 

2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)開催記念

修理後大公開!

静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝

 

出品目録

https://www.seikado.or.jp/file/wp-content/themes/seikado/images/exhibition/251004/exhibition_list251004.pdf

 

10月23日(木)に前期を見た。

 

ギャラリー1

第1章 岩﨑家(静嘉堂)と博覧会

日本が初めて万国博覧会に正式参加したのは1867年(慶応3年)のパリ万国博覧会

岩﨑彌之助は1895年第四回内国勧業博覧会、1900年パリ万博、1910年日英博覧会において博覧会に協力し、小彌太も各種海外展に出品協力した。1940年に財団法人静嘉堂となり、1970年の大阪万博でも、中国絵画・室町水墨画のコレクションから国宝1件、重文4件、

重美2件、合計7件もの名品を出品している。

 

〈第四回内国勧業博覧会(1895/明治28)〉

 平安遷都1100年記念事業で、平安神宮も創建された。黒田清輝「朝妝」が出品された。

 

菊鶏図屛風、野口幽谷、明治28年(1895)

 日英博覧会(1910/明治43)にも出品

 

日英博覧会(1910/明治43)〉

 日英同盟の継続と友好強化を目的とした2国間のみの博覧会。

 

阿房宮図、菊池容斎、江戸時代(19世紀前半)

 

形見の駒図、宮川長春、江戸時代(18世紀前半)

 

美人若衆図、菱川師宣落款、江戸時代(17世紀後半)

 

濁らぬ水、山本森之助、明治42年(1909)

 

ギャラリー2

第2章 修理後初公開!詩画一致の絵画

静嘉堂の1970年大阪万博出品作は全て詩画一致(画中に作者や作品に関わった人々の賛(題や詩文)が添えられている)の作品(詩画軸)

 

大阪万博(1970年)〉

 総合テーマは「人類の進歩と調和」。

 

秋景山水図、倪元璐、明時代(17世紀)、重要文化財

夏景山水図、順治6(1649)年、重要美術品

 

聴松軒図、永享5年(1433)年 題、重要文化財

蜀山図、室町時代(15世紀)、重要文化財

万里橋図、応仁元(1467)年 題、重要文化財

洞山良价禅師図、室町時代(15世紀後半)、重要文化財

巣雪斎図、明応6(1497)年または明応8(1499)年 序、重要美術品

竹林山水図、明時代(14世紀)、重要文化財

山水図、室町時代(15~16世紀)

 

ギャラリー3

第3章 未来の国宝!伝周文「四季山水図屛風」と式部輝忠「四季山水図屛風」

 

四季山水図屛風、伝 周文、室町時代(15世紀)、重要文化財

四季山水図屛風、式部輝忠、室町時代(16世紀)、重要文化財

 

パリ万国博覧会(1900/明治33)

 テーマは「過去を振り返り20世紀を展望する」。

 

花鳥図大小鐔・三所物、石黒是美、江戸時代(19世紀)

粟穂図縁頭・小柄、荒木東明、江戸時代(19世紀)

 

鉄錆地七十二間筋兜鉢 銘 高義、室町時代(15世紀)

面頬 銘 義通、室町時代(16世紀)

 

秋草蒔絵謡本簞笥、江戸時代(17世紀)、重要美術品

 漆を使った工芸品はJapanと呼ばれる。

 

青緑山水図巻、隆慶5(1571)年、重要美術品

三聖吸醋図鐔・虎渓三笑図小柄・羅漢龍虎図縁頭、江川利政、江戸時代(18~19世紀)

屋島合戦図三所物、後藤悦乗、江戸時代(17世紀)

 

ギャラリー4

第4章 静嘉堂の国宝―宋元の文物より

 

楼閣山水図、孫君沢、元時代(14世紀)、重要文化財

風雨山水図、伝 馬遠、南宋時代(13世紀)、国宝

山水図、伝 夏珪、南宋~元時代(13~14世紀)

 

与中峰明本尺牘、趙孟頫、元時代(14世紀)、国宝

周礼、鄭玄 注、南宋時代(12世紀)刊、重要文化財

歴代故事、楊次山 編、南宋時代(13世紀)刊、重要文化財

漢書(湖北提挙茶塩司刊本)、班古 編・顔師古 注、南宋時代(12世紀)刊、重要文化財

 

曜変天目(稲葉天目)、建窯、南宋時代(12~13世紀)、国宝

 1918年(大正7年)に稲葉家から売立となった際の価格は、当時の史上最高価格となる16万7000円だったらしい。これのみ撮影禁止。

 

ホワイエ

〈1939年(昭和14年)金門(サンフランシスコ)万国博覧会、日本古美術展覧会〉

色絵五艘船文鉢、有田、江戸時代(18世紀)

 

エピローグ 重要文化財明治生命館で三菱二号館再現フォトモ

 フォトモとは平面であるはずの写真を立体作品に展開したもので、フォトグラフ(写真)とモデル(模型)を合わせた造語。

 

 

13時24分に有楽町駅発の東京メトロ有楽町線で約10分、13時33分に飯田橋駅に到着。

 

新宿山ノ手七福神めぐり

新宿山ノ手七福神めぐり:新宿区

七福神は善国寺・毘沙門天(威光)、経王寺・大黒天(裕福)、厳島神社・弁財天(愛敬)、法善寺・寿老人(長寿)、永福寺・福禄寿(人望)、稲荷鬼王神社・恵比須神(清廉)、太宗寺・布袋(大量)。

 

善国寺、毘沙門

1595年(文禄4年)に創建された、江戸三大毘沙門の一つ。毘沙門天多聞天と同一と初めて知った。

阿吽の虎がある。

嵐の聖地でもあるらしい。

 

経王寺、大黒天

 

厳嶋神社、弁財天

 

永福寺、福禄寿

 

法善寺、寿老人

 

稲荷鬼王神社(恵比須神)と太宗寺(布袋)は時間の都合で行けなかった。

大阪・奈良・京都4 お土産を買って帰る

5時56分に熊取駅発のJR関空快速で約15分、6時09分に関西空港駅に到着予定。

 

お土産を買う。

グリコのBaton d'or(バトンドール)のミルクシュガー(空港限定)

Baton d'or バトンドール

たこパティエ

たこパティエ.com

神戸フランツの神戸苺トリュフサブレ

神戸苺トリュフ(R)サブレ 6枚入 | 神戸フランツWEB本店

 

7時00分に関西国際空港発のJAL220 - 73Hで約分、8時05分に羽田空港に到着予定。

 

2025年11月06日~11月09日 大阪・奈良・京都旅行

大阪・奈良・京都3 二条城、相国寺美術館、聖護院門跡

3泊4日の大阪・奈良・京都旅行、3日目。

 

8時19分に京都駅発の地下鉄烏丸線で約5分、8時25分に烏丸御池駅に到着。

8時30分に烏丸御池駅発の地下鉄東西線で約2分、8時32分に二条城前駅に到着。

 

二条城

世界遺産・元離宮二条城

1603年(慶長8年)に江戸幕府の初代将軍・徳川家康が、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするため築城した。そして1867年(慶応3年)には15代将軍・徳川慶喜が二の丸御殿で大政奉還の意思を表明した。

 

東南隅櫓、重要文化財

 

8時45分のオープン5分前くらいに並ぶ。

チケットはネットで買っておくと、チケット購入の列を飛ばせる。

 

東大手門は二条城の正門、重要文化財

 

唐門は二の丸御殿の正門、重要文化財

 

二の丸御殿、国宝

二の丸御殿にある寛永期の障壁画は1626年(寛永3年)の後水尾天皇行幸のために大改築された際に幕府御用絵師の狩野探幽が一門が制作したもの。

二の丸御殿の廊下は鶯張りとなっている。

 

遠侍 柳の間

遠侍(来殿者が控える場所)

三の間《竹林群虎図》

二の間、一の間

 

式台(将軍への用件や献上物を取次ぐ場所)

式台の間

 

大広間

三の間

二の間(下段の間)・一の間(上段の間)

将軍と大名や公卿衆との公式の対面所

 

黒書院

江戸時代の名称は小広間で、大広間に次ぐ公式の場。将軍と徳川家に近しい大名や高位の公家などが対面した。

一の間と二の間は「桜の間」と呼ばれる。

 

白書院

江戸時代には「御座の間」と呼ばれたことから、将軍の居間と寝室であったと考えられる。

一の間と二の間は名勝・西湖が、三の間には伝説や歴史上の人物が描かれている。

 

黒書院 四の間

牡丹の間

 

大広間 四の間

将軍の上洛のときに武器をおさめた場所といわれる。

障壁画は《松鷹図》

欄間は四の間からは牡丹の彫刻、三の間からは孔雀の彫刻が見えることから、三の間側が表として作られていたことがわかる。

 

式台 老中の間

一の間と二の間は「芦雁図」で、三の間は「柳鷺図」

 

遠侍 勅使の間(朝廷からの使者・勅使を迎えた対面所)

 

 

二の丸御殿を出る。

本丸櫓門、重要文化財

 

本丸庭園

1896年に明治天皇の指示によって作られた庭園。

 

天守閣跡

 

本丸御殿、重要文化財

現在の御殿は1893年明治26年)に荒廃した京都御所周辺の再整備の一環として、御所の北にあった桂宮御殿の一部を本丸に移築したもの。その桂宮御殿は、1790年(寛政2年)頃から1849年(嘉永2年)までの間に順次整備された建物。

京都御所の周辺にあった宮家や公家の建物は明治維新後にほぼ失われ、江戸時代にさかのぼる大規模な宮家の御殿は元離宮二条城の本丸御殿を残すのみとなっているため貴重。

2024年3月末に本格修理を完了し、2024年9月1日より18年ぶりに一般公開が開始された。

 

玄関には《波濤に鷲図》

殿上の間で座って待つ。

公卿の間に移動し、置かれたテレビで説明の映像が流れる。

 

御書院 三の間・二の間・一の間(主人と来訪者との公式な対面所)

 

御常御殿(主人が日常の生活を過ごすための居室や寝室を備えた2階建の棟)

松鶴の間、狩野永岳《松鶴図》

雉子の間

御納戸

御湯殿

 

御書院 四季の間

 

御書院  雲鶴一の間、雲鶴二の間、雲鶴三の間

襖と壁の唐紙が雲鶴文様であることに由来する。

杉戸絵《梅に蘭陵王図》が置かれる。

 

雁の間(家来や従者が使用)

 

耕作の間、四季草花の間、萩の間、御化粧の間は今日は非公開。

 

 

本丸御殿を出る。

お茶会開催のため観覧コースが変更されていたので、清流園は入れず。

 

土蔵(南)(米蔵)、重要文化財

西南隅櫓、重要文化財

南中仕切門、重要文化財

桃山門、重要文化財

 

 

二条城障壁画 展示収蔵館

2025年10月9日~12月7日は黒書院・四の間

《菊図》、《秋草扇面散図》

 

前田珈琲御池店で、クリーム明太子スパゲッティ。

前田珈琲(マエダコーヒー) -京都人に愛され半世紀 「京都老舗喫茶」-

 

11時59分に烏丸御池駅発の地下鉄烏丸線で約5分、12時03分に今出川駅に到着。

 

相国寺

室町幕府三3代将軍・足利義満が1382年(永徳2年)に夢窓疎石を開山として創建した。正式名称は萬年山相国承天禅寺。

鹿苑寺金閣寺)、慈照寺銀閣寺)を擁する臨済宗相国寺派大本山で、京都五山の第二位。

室町幕府の御用絵師だった如拙と周文は相国寺の僧侶であり、雪舟も若い頃に相国寺で修行に励んだ。江戸時代には、狩野探幽伊藤若冲円山応挙とも関りがあった。

相国寺 | 臨済宗相国寺派

 

相国寺・秋の特別拝観

①法堂

1605年に豊臣秀頼によって再建された。重要文化財

蟠龍図は八方睨みで、しかも鳴き龍。

本尊は運慶作と伝わる釈迦如来像(重要文化財

 

②方丈

表方丈庭園

竹の間

室中の間

 文字絵「法華観音像」は、法華経の経文で描かれている。

梅の間

杉戸絵「白象図」(複製)

 

動植綵絵伊藤若冲が父母、弟と自身の永代供養を願って、相国寺に寄進したが、1889年に宮中に献納された。

6月17日に行われる法要「観音懺法会」で「動植綵絵」(高精細コロタイプ複製画)が掛けられる。

これに先立ち、6月上旬に約1週間、室内に飾り付けられた動植綵絵を見ることができる。

 

裏方丈庭園

琴棋書画の間

御所移しの間

聴呼の間

 

③開山堂

伝・円山応挙・応瑞「芭蕉小狗子図」

 あの可愛い犬!

開山堂前庭

堂内奥には夢窓疎石像、手前の左には無学祖元、足利義満などの像。

 

 

相国寺美術館

1984年(昭和59年)4月、相国寺創建600年記念事業の一環として本山相国寺鹿苑寺金閣)・慈照寺銀閣)・他塔頭寺院に伝わる美術品を受託し、保存、公開、禅文化の普及等を目的として建設された。国宝5点、重要文化財145点を含む文化財が収蔵されている。

相国寺承天閣美術館 | 臨済宗相国寺派

 

2025年4月16日に東京藝術大学大学美術館で「相国寺展―金閣銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史」を見た。

 

屏風―黄金の調度Ⅰ期

屏風―黄金の調度 | 承天閣美術館 | 臨済宗相国寺派

 

第一展示室

第一章 相国寺を荘厳する屏風

郭子儀兒孫遊歓嬉図屏風、相国寺

 三井記念美術館円山応挙の「郭子儀祝賀図」を見て覚えた。

 

流水秋草図屏風、相国寺

相国寺方丈杉戸絵 鳳凰図、原在中筆、相国寺

釈迦十六善神像、原在中筆、相国寺

 

夕佳亭(再現)

 鹿苑寺金閣寺)所在の茶室。金閣の高台に在り、眼下の金閣が夕陽を受けて輝く景色が「夕に佳い」ことから命名された。

 

相国寺方丈杉戸絵 孔雀図、原在中筆、相国寺

猿猴芦雁図屏風、相国寺

馬図屏風、慈照院蔵

色紙短冊貼交屏風(右隻)、相国寺

 

十牛の庭

 

第二展示室

第二章 人々の営みを描く屏風

伊勢物語・布引の滝図屏風、相国寺

源氏物語図屏風、狩野常信筆、相国寺

四季耕作図屏風、狩野永常筆、相国寺

 

月夜芭蕉図(鹿苑寺大書院障壁画五十面のうち)、伊藤若冲筆、鹿苑寺蔵、重要文化財

葡萄小禽図(鹿苑寺大書院障壁画五十面のうち)、伊藤若冲筆、鹿苑寺蔵、重要文化財

 

帝鑑図屏風、慈照院蔵

不動明王像、鹿苑寺蔵、重要文化財

天水、岩澤重夫

花下遊楽図屏風、相国寺蔵、重要文化財

 

第三章 自然を描く屏風

山水図屏風、相国寺

花鳥図屏風、相国寺

山中清遊図屏風、円山応挙筆、相国寺

水辺花鳥図屏風、相国寺

山水図屏風、円山応挙筆、相国寺

渓亭春興・秋山行楽図屏風、池大雅筆、慈照寺

雪中山水図・浜松群鶴図屏風、円山応挙筆、相国寺

 

14時16分に同志社前発の京都市営バスで約15分、14時29分に熊野神社前に到着。

 

聖護院門跡

1090年(寛治4年)に白河上皇の熊野御幸に先達を務めた増誉大僧正が寺院を賜り、「聖体を護持した」という功績から「聖護院」と称したことに始まる。天明の大火により御所が火災に遭った際には光格天皇の仮皇居となったことから「聖護院旧仮皇居」として史跡に指定されている。

本山修験宗総本山 聖護院門跡

 

秋の特別公開

令和7年 秋の特別公開 | 聖護院門跡

 

宸殿や書院にある狩野派の金碧障壁画をはじめ、御本尊・不動明王像(重文)などの文化財が特別公開される。

 

大玄関

狩野永納・益信《老松図》

 

使者の間

狩野永納《孔雀》

狩野永納《太公望

 

波之間

狩野永納が永観堂にある長谷川等伯《波濤図》(重要文化財)を模写したもの。

 

宸殿

1788年(天明8年)に京都御所が焼失した際には、光格天皇の御座所として約3年間使用された。

鶴の間には、不動明王像、役行者坐像(前鬼・後鬼を従える)、孔雀明王像、三宝荒神像、蔵王権現像。

 

三之間、二之間、上段之間は、撮影可能。

三之間は九人の仙人が描かれていることから「九老の間」とも呼ばれる。

二之間の狩野益信《花鳥図》には吐綬鶏。

上段之間の上には、後水尾天皇の宸筆「研覃」。

手入れした農具で耕された畑のように、多様な機縁を受け入れられる柔軟な心を意味する。

 

聖護院の庭園には猫の置物が全部で8匹が隠されているが、今後さらに増える予定もあるらしい。

 

本堂

本尊 不動明王像(平安時代重要文化財

智証大師坐像(平安時代重要文化財)、三井寺の中興の祖

役行者神変大菩薩)・前鬼後鬼・大峰八大童子

 

書院(重要文化財

後水尾天皇典侍・藤原(櫛笥)隆子の御所での住居で、江戸時代中期に聖護院に移築された。

縦舞良戸が綺麗で、結び文や笹竜胆の釘隠しもある。

火灯窓(花頭窓)には江戸時代のガラスも残っている。(右側のみ、左は明治時代のもの。)

 

一夜造御学問所

天皇のお越しに間に合わせるため、様々な技法を用い急いで建てられた事から「一夜造り」と呼ばれる。

 

葛城灌頂会慶讃「葛城今昔-守り続けた祈りの場-」展が開催中。

今年9月に葛城山中にて24年ぶりに執り行われる大法要「葛城灌頂会」を讃えたもの

序品 第一経塚は友ヶ島。未だ行けていない。

 

 

16時04分に熊野神社前発の京都市営バスで約30分、16時33分に京都駅前に到着予定。

実際は約10分遅れの到着。

三条で人が乗ってきて、バスで京都駅に行くのをやめて、地下鉄で京都駅に行く人に振替乗車券のようなものを渡すと言っていた。

 

京都モダン建築祭も回りたかった。

京都モダン建築祭

 

ジェイアール京都伊勢丹で、京都北山マールブランシュ生茶の菓とマロン・ド・マール(秋限定)を購入。

生茶の菓|マールブランシュ/菓子wabiya公式オンラインショップ

マロン・ド・マール|マールブランシュ/菓子wabiya公式オンラインショップ

 

17時30分に京都駅発のJR東海道本線はるか47号で約65分、18時35分に和泉府中駅に到着。

18時37分に和泉府中駅発のJR関空快速で約10分、18時47分に熊取駅に到着。

 

夕食ははなみずき亭で、豚ヘレカツ定食(味噌ダレ)。

 

今日のホテルは、スーパーホテル関空熊取駅前。

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明日は朝早いため空港近くのホテル。

 

2025年11月06日~11月09日 大阪・奈良・京都旅行