杉本博司 絶滅写真(東京国立近代美術館)

10時49分に竹橋駅に到着。

 

東京国立近代美術館

美術館の建物は石橋正二郎が建設して寄贈した。設計は谷口吉郎。

東京国立近代美術館

 

MOMAT PASS SINGLEを使用。

MOMAT PASS - 東京国立近代美術館

 

杉本博司 絶滅写真

杉本博司 絶滅写真 - 東京国立近代美術館

作品リスト

https://www.momat.go.jp/wp-content/uploads/2026/06/Sugimoto-List-Japanese-1.pdf

 

初期から近作まで全13のシリーズが3章構成で展示される。

 

1章 時間・光・記憶

初期三部作と呼ばれる〈ジオラマ〉​〈劇場〉​〈海景〉の3つのシリーズ。

表現手段は写真だが、作品は写真として見られるのではなく、観念芸術でなくてはならない。

 

〈ジオラマ〉​

動くものの姿を止めてみせる写真というメディアは、動かない剥製の姿を、あたかも命ある動物の一瞬の様子のように見せる装置として機能している。

「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」

《ガラパゴス》1980

《アビシニアコロブス》1980

《ゴリラ》1994

《類人》1994

《ホモ・エレクトス》2025

《ネアンデルタール》1994

《ポコット族》2025

《クロマニヨン》1994

 

〈劇場〉

一本の映画を始まりから終わりまで長時間露光で撮影することで、映画の物語は、真っ白に輝く四角い光へと還元される。

《ガルニエ宮、パリ》2019

《シネラマ・ドーム、ハリウッド》1993

《パレス・シアター、ゲーリー》2015

 

《華厳滝》1977

 

〈海景〉

「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」

《カリブ海、ジャマイカ》1980

《エーゲ海、ピリオン》1990

《相模湾、江之浦》 2025

 

2章 観念の形

〈建築〉

「私は大型カメラを使い、焦点を暈すことによって、建築が建つ前の建築家の脳内ビジョンが再現できるのではと考えた」

《クライスラービル》1997

《S.C. ジョンソンビル》2001

《ワールド・トレード・センター》1997

《シーグラムビル》1997

《アインシュタイン・タワー》2000

《サヴォア邸》1998

 

〈スタイアライズド・スカルプチャー〉

1920年代以降のファッションの歴史を扱っているシリーズ

〈観念の形〉

《スタイアライズド・スカルプチャー118[クリスチャン・ディオール、Soirée 1947]》2025

《数理模型 014 定曲率曲面、双曲型の回転面》2012

《スタイアライズド・スカルプチャー120[クリスチャン・ディオール、Bar 1947]》2025

 

3章 絶滅写真

〈前写真、時間記録装置〉​

「化石と写真が同じ原理によって機能しているからだ。どちらも時間の痕跡を写すのだ」「私は写真とは現在を化石化する行為であるということに気づいた」

《P.P.T.R.D. 037 棘のある三葉虫》2008

 

〈フォトジェニック・ドローイング〉

《フォトジェニック・ドローイング 015 タルボット家の住み込み家庭教師、アメリナ・ペティ女史と考えられる人物 1840–1841年頃》2008

 

〈肖像〉

「剥製の白熊が生きているように撮れるのなら、蠟人形も生きているように撮れるだろう」

《リチャード一世》1999

 

《ヘンリー八世》1999

王室画家ホルバインが描いた肖像画を忠実に再現した蠟人形を元の絵のイメージに限りなく近づけるように再現した。

「絵画、彫刻、写真による現代美術における聖なる三位一体が実現した。」

 

《ナポレオン・ボナパルト》1999

 

〈放電場〉

暗室の微妙な温湿度の差によってフィルムに静電気が帯電し、それが放電するときの小さな火花がフィルムを損傷してしまう。長年にわたってありとあらゆる対策を講じたが、克服には至らなかった。

「勝つことが出来ないのなら次善の策は何か、それはその敵を味方にしてしまえば良い」。暗室内で人工的に放電を発生させ、その小さな雷のような光跡をとらえたシリーズ。

《放電場 163》2009

《放電場 138》2009

《放電場 128》2009

《放電場 227》2009

 

〈Opticks〉

1704年出版のアイザック・ニュートンの『光学』英語版の初版に記された、プリズムによる光の分光実験を再現した。光学ガラスを磨いてプリズムを立て色面の中にカメラを持って入った。

「光を絵の具として使った新しい絵を描くことができた」

《Opticks 416》2018

《Opticks 075》2018

《Opticks 066》2018

《Opticks 027》2018

《Opticks 087》2025

 

〈陰翳礼讃〉

真夏の夜、すべての窓が開け放たれた部屋で、一本の蠟燭に火が灯され、やがて燃え尽きる。その間、カメラのシャッターを開け続け、暗闇の中で風に揺れる火を見つめながら、「蠟燭の一生」を記録した。

《陰翳礼讃 98.0001》1998

 

《CAMERA MAN》2026

伝寂蓮法師《地獄草子詞書断簡》平安時代

《光学硝子五輪塔 335 ノルウェー海、ベステローデン諸島》2011/1990

 

出典:森美術館「杉本博司 時間の終わり」図録、『影老日記』新潮社、『江之浦奇譚』岩波書店、『歴史の歴史』新素材研究所、『アートの起源』新潮社

 

小田原文化財団 江之浦測候所

江之浦測候所 | 小田原文化財団

 

 

特別展を出て、常設展へ。

所蔵作品展 MOMATコレクション(2026.5.26–2026.9.13)

所蔵作品展 MOMATコレクション(2026.5.26–2026.9.13) - 東京国立近代美術館

作品リスト

https://www.momat.go.jp/wp-content/uploads/2026/05/55963e1188482ec5103fda804602fcb2.pdf

 

エレベーターで4階へ。

眺めのよい部屋

 

1~5室、1880s-1940s明治の中ごろから昭和のはじめまで

 

1室、ハイライト

北野恒富《戯れ》1929年

小倉遊亀《浴女 その一》1938年

小倉遊亀《浴女 その二》1939年

ポール・セザンヌ《大きな花束》1892-95年頃

パウル・クレー《花ひらく木をめぐる抽象》1925年

ジョアン・ミロ《絵画詩(おお!あの人やっちゃったのね)》1925年

マックス・エルンスト《砂漠の花(砂漠のバラ)》1925年

ピエール・ボナール《プロヴァンス風景》1932年

藤田嗣治《五人の裸婦》1923年

奈良美智《Harmless Kitty》1994年

 

2室、坂の上の雲

菱田春草《王昭君》1902年、重要文化財

原田直次郎《騎龍観音》1890年、重要文化財

北村西望《怒涛》1915

和田三造《南風》1907年、重要文化財

黒田清輝《落葉》1891

 

3室、わたしと太陽

萬鉄五郎《裸体美人》1912年、重要文化財

荻原守衛《女》1910年

 

4室、海を渡った新版画

吉田博《帆船 朝日》1921年

川瀬巴水《「旅みやげ 第三集」より 星月夜(宮島)》1928

川瀬巴水《二重橋の朝》1930

 

5室、風景の動員

藤島武二《港の朝陽》1934

石井柏亭《西部蘇満国境警備》1944

栗原信《湘江補給戦に於ける青紅幇の協力》1945

 

 

階段で3階に下りる。

6~8室、1940s-1960s 昭和のはじめから中ごろまで

 

6室、鋼鉄の夢、廃墟の傷

 

7室、オヘソの手術

岡本太郎《夜明け》1948

山口勝弘《ヴィトリーヌ No.47(完全分析方法による風景画)》1955

 

建物を思う部屋、ソル・ルウィット《ウォールドローイング#769》

ソル・ルウィット| ウォール・ドローイング#769 2020年12月22日~公開(所蔵品ギャラリー3F|建物を思う部屋) - 東京国立近代美術館

 

8室、物質化か非物質化か

ソル・ルウィット《形態の複合#6》1987年

河原温《JULY 15, 1970, Todayシリーズ(1966-2013)より》1970

 

9室、ヴィデオ(私はみる)

 

10室、劇場・海景・スギモトノート/風を表す

杉本博司《スギモトノート》1982年頃

 〈海景〉をめぐるいろいろなプラン

杉本博司《スギモトノート》1993年頃

 〈劇場〉の撮影記録

「スギモトノート」は写真作品制作における、撮影時および暗室での作業工程の覚書を記したノート。レプリカもあった。

 

結城素明《夏山三趣》1918

中島清之《川風》1964

菱田春草《四季山水》1909

 

 

更に階段を下りて、2階。

11~12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで

 

11室、イメージ:出現と消失

 

12室、イメージ:内なる力

草間彌生《冥界への道標》1976年

 

ギャラリー4では、「生誕120周年 長谷川三郎と国立近代美術館」

生誕120周年 長谷川三郎と国立近代美術館 - 東京国立近代美術館

作品リスト

https://www.momat.go.jp/wp-content/uploads/2026/05/d8f4291720a92bd6b98708f0f78678d7.pdf

 

《狂詩曲 漁村にて》1952

《リズム》c.1952

《宣言》c.1954

 

アントニー・ゴームリー《反映/思索》2001年

イサム・ノグチ《門》1969年

多田美波《Chiaroscuro》1979年

 

11時頃に来て、閉館の17時まで楽しめた。

「アニマル&モンスター かわいい・怖い・ちょっと変」「川合玉堂―なつかしい日本の情景―」

10時23分に明治神宮前駅に到着。

 

太田記念美術館

東邦生命保険相互会社の社長を務めていた五代太田清藏が蒐集した浮世絵コレクションを公開するために設立された美術館。

太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art

 

山種美術館の山種メンバーズだと、提携館割引で入館料が100円割引になる。

 

アニマル&モンスター かわいい・怖い・ちょっと変

アニマル&モンスター かわいい・怖い・ちょっと変 | 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art

展示作品リスト

https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/wp-content/uploads/2026/06/202606-08animalmonster-jp.pdf

 

第1章 アニマルいろいろ

葛飾北斎 「狆」

小原古邨「踊る狐」

歌川芳虎「神功皇后三韓征伐之御時韓兵計飢虎追放官軍猛禽投撃亦生捕帝覧備」

楊洲周延「世界第一チャリネ大曲馬ノ図」

歌川国芳「東都名所 両国柳ばし」

歌川国貞(三代豊国)「牛に引かれて善光寺参り」

富永年親・小林年参「錦絵修身談巻一(十四)猿恩を酬ふ」

菊川英山「虎図」

歌川芳豊「中天竺馬爾加国出生新渡舶来大象之図」

二代歌川国輝「小樽ゼニバコ魟魚の奇異」

林萬次郎「教育訓画 動物第廿六 いつかく」

服部雪斎「サンセウウヲ」

小原古邨「木蓮に九官鳥」

幸野楳嶺「楳嶺花鳥画譜 木犀花 鴟鵂」

 

第2章 かわいい猫・怖い猫

鈴木春信「春の縁先」

喜多川歌麿「針仕事」

歌川国貞「当世俳優贔屓競 三代目市川門之助 猫抱く女」

歌川国芳「山海めてたいづゑ はやくきめたい」

歌川広重「 そりゃ猫といふ間に九人まへになり」

歌川国芳「初雪の戯遊」

月岡芳年「古今比売鑑 薄雲」

月岡芳年「見立多以尽 とりけしたい」

月岡芳年「新柳二十四時 午前九時」

水野年方「三十六佳撰 湯あかり 寛政頃婦人」

小林清親「カンヴァスに猫」

歌川国貞「三代豊国) 東駅いろは日記」

楊洲周延「東錦昼夜競 佐賀の怪猫」

 

階段で2階へ上がる。

第3章 怖いモンスター

二代歌川国久「三浦上総両介那須野九尾狐討取」

歌川国芳「木曽街道六十九次之内 京都 鵺 大尾」

一寸子花里「商内道具集之内 桐油御合羽品々」

豊原国周「東京花国周漫画 四 中村芝翫 民谷伊右衛門」

歌川国芳「源頼光公舘土蜘作妖怪図」

月岡芳年「東京開化狂画名所 日本橋魚市場 大蛸の乱暴  東京開化狂画名所 神田」

月岡芳年「和漢百物語 頓欲ノ婆々」

作者不詳「大津ぶれぶし」

 

第4章 人まねアニマル

歌川芳藤「しん板猫のあきんどづくし」

四代歌川国政「しん板猫の手ならい師匠」

四代歌川国政「当世商□づくし」

歌川芳員「道外づくし 猫の世界」

作者不詳「しんぱん猫の国かい」

歌川国利「ねこのうなぎや」

作者不詳「新板猫湯屋」

四代歌川国政「しん板ねづみのたわむれ」

梅堂小国政「新板鼠よめ入」

歌川芳藤「流行兎けん」

歌川芳員「東海道五十三次内 神奈川 ほどがやへ一り余」

歌川国芳「道外十二支 未」

月岡芳年「和漢獣物大合戦之図」

落合芳幾「諸鳥芸づくし」

歌川芳藤「廓通色々青楼全盛」

作者不詳「地震のすちやらか」

歌川国芳「ほふづきづくし 八そふとび」

河鍋暁斎「家保千家の戯 天王祭 ろくろ首」

 

第5章 「ちょっと変」なキャラクター

歌川国芳「欲といふ獣」

歌川芳員「東海道五十三次内 大磯 をだハらへ四り」

歌川芳虎「越中立山の地獄谷に肉芝道人蛙合戦の奇をあらはし良門伊賀寿の両雄に妖術

を授く」

葛飾北斎『北斎漫画』三編

落合芳幾「見立似たかきん魚」

梅素亭玄魚「白澤之図」

歌川国芳「蝦蟇手本ひやうきんぐら 七段目 八段目」

歌川国芳「百品噺 鬼瓦のおつこちばなし」

作者不詳「進雄尊悪神退治」

玉園「画本西遊記 百鬼夜行ノ図」

歌川国芳「手向杜若四季咲」

 

落合芳幾「マケロマケヌ 売買大合戦」

 小判を大将とする貨幣軍と米俵を大将とする商品軍の戦いで、値段を負けろ負けぬと争っている。物価高騰を背景とした風刺画。

 

落合芳幾「善悪思の案内」

 善い心と悪い心の争い

 

 

12時16分に原宿駅発のJR山手線で約5分、12時21分に恵比寿駅に到着。

 

 

山種美術館

1966年(昭和41年)に山崎種二(山種証券[現SMBC日興証券]創業者)が、日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館。

山種美術館(Yamatane Museum of Art)

 

【開館60周年記念特別展1】「川合玉堂―なつかしい日本の情景―」

2026年(令和8年)年7月7日に創立60周年を迎える。それを記念する特別展第1弾。

川合玉堂 | 山種美術館(Yamatane Museum of Art)

 

60周年ということで今年は山種メンバーズに入会している。

山種メンバーズ | 山種美術館(Yamatane Museum of Art)

 

開館60周年記念ノベルティグッズとして、竹内栖鳳《班猫》(重要文化財)をモティーフにしたオリジナルの皮革製品をもらえた。

開館60周年記念ノベルティ配布のお知らせ(7/7〜7/12) | 山種美術館(Yamatane Museum of Art)

 

出品作品リスト

https://www.yamatane-museum.jp/uploads/50eea11b53acc66bfef0e7fbe1314b5f078dfeda.pdf

 

第一会場

《早乙女》

 

第 1 章 研鑽の時代 ―明治期

《鵜飼》、1895(明治 28)年

《写生画巻》、1888(明治 21)年、玉堂美術館

《夏雨五位鷺図》、玉堂美術館

《朝江炊煙》、玉堂美術館

《雨江帰漁図》

《渓山秋趣》

《写生画巻》、1889-90(明治 22-23)年、玉堂美術館

 

第 2 章 玉堂芸術の確立 ―大正から戦中期

《行く春 (小下図)》、1916(大正 5)年、玉堂美術館

 《行く春》(重要文化財)は東京国立近代美術館所蔵。

行く春 - 東京国立近代美術館

 

《昭和度 悠紀地方風俗歌屛風 (小下図)》、玉堂美術館

 《地方風俗下図》は三の丸尚蔵館所蔵。

 

《竹生嶋山》

《瀑布》、玉堂美術館

《石楠花》

《紅白梅》、玉堂美術館、この作品のみ撮影可能

 

《湖村春晴》

《雨後》

《秋山帰樵》

《渡頭の春》

《渓村雨霽》

《秋晴》

《冬嶺松秀》

《漁村晩晴》

《梅のある農家》

《渡所春暁》

《雪亭買魚》

《鵜飼》、1939(昭和 14)年頃

 

《春風春水》

《春渓遊猿》

《烟雨》

《雪志末久湖畔》

《松間飛瀑》

《山雨一過》

 

戦時下の玉堂

《虎》

《荒海》

 

第 3 章 画業の円熟 奥多摩時代 ―戦後

《渓村春靄》

《朝晴》

《雁に葦》

《網干に鵜》

《笹雀》

 

《渓雨紅樹》

《雨後山月》

《高原入冬》

《鵜飼》、1948(昭和 23)年頃

《湖畔暮雪》

《水声雨声》

《涛声松籟》

《古城新月》

《渡所晩晴》

《遠雷麦秋》

 

《魚釣り》

《釣り帰り》

《残照》

《高原帰駄》

《双馬》

《松竹朝陽》

 

第 4 章 玉堂のまなざし

親しい人々

《松上双鶴》

 

《松竹梅》(合作) 

川合玉堂《竹(東風) 》

横山大観《松(白砂青松) 》

川端龍子《梅(紫昏図) 》

 

第二会場

身近なものへのまなざし

《花をいけて》、玉堂美術館

《熊》、玉堂美術館

《鴨》

《猿》

《猫》

《氷上(スケート)》

《兎》

箱根・伊豆2 城ケ崎・伊豆山神社・石垣山一夜城

朝食は、伊豆高原ホテル 五つ星。

伊豆高原 ホテル五つ星

 

城ヶ崎海岸自然研究路を一部歩く。

対馬の滝、橋立吊つり橋、大淀・子淀を見る。

 

城ケ崎は静岡県伊東市の南西部に位置する、溶岩が海に流れ出した後、海の浸食作用でできた長さ9㎞におよぶ溶岩岩石海岸。

富士箱根伊豆国立公園の一部。

環境省_富士箱根伊豆国立公園

 

伊豆山神社

源頼朝が源氏の再興を祈願した神社で、悲願を成し遂げた頼朝は神恩に感謝し、当神社を「関八州総鎮護」と崇めた。源頼朝と北条政子が腰掛けた腰掛石もある。

関八州総鎮護 伊豆山神社(伊豆神社・走湯神社の起源となった総本社)

 

2025年11月28日に行こうとして行けなかったところ。

 

熱海市伊豆山で発生した土石流災害は今日2026年7月3日で、発生から5年を迎えた。

【速報】2021年7月3日の熱海市伊豆山地域における土石流災害関連情報について | 南から来た火山の贈りもの | 伊豆半島ジオパーク公式サイト

 

一夜城 Yoroizuka Farm(ヨロイヅカファーム)でパンとケーキを食べる。

一夜城 Yoroizuka Farm

 

石垣山一夜城

1590年(天正18年)に豊臣秀吉が北条氏を包囲した際の本陣として築いた城。

山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを造り、白紙を張って白壁のように見せかけ、一夜のうちに周囲の樹木を伐採したため、一夜城と呼ばれる。

実際にはのべ4万人が動員され、天正18年4月から6月まで約80日間が費やされた。

小田原市 | 石垣山一夜城

 

1921年(大正10年)創業の柳屋ベーカリーで、あんぱんを買って帰る。

 

 

2026年7月2日~7月3日 箱根・伊豆旅行

箱根・伊豆1 ポーラ美術館・箱根神社・東海館

箱根へ。

富士箱根伊豆国立公園

環境省_富士箱根伊豆国立公園

 

ポーラ美術館

2002年に神奈川県箱根町に誕生し、「箱根の自然と美術の共生」というコンセプトを掲げている。

ポーラは1929年に鈴木忍により創業され、創業家2代目(鈴木忍の長男)の鈴木常司が40数年にわたり収集したものがコレクションの中心。

 

2024年2月29日に「モダン・タイムス・イン・パリ 1925 ― 機械時代のアートとデザイン」を見て以来。

 

地下1階へ。

企画展「モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目―モネと21世紀のアート」。

モネの没後100年、当館の開館25周年を記念して、ポーラ美術館が収蔵する19点の油彩画がすべて展示されている。

作品リストは無いと言われた。

 

地下1階

展示室1

クロード・モネ《睡蓮の池》、1899年

ドガ《二人の踊り子》《休息する二人の踊り子》《スパニッシュ・ダンス》

クロード・モネ《ジヴェルニーの積みわら》、1884年

ジョルジュ・スーラ《ダランカンの干潮》

ポール・シニャック《オーセールの橋》

 

カプワニ・キワンガ《ピンク・ブルー》

クロード・モネ《エトルタの夕焼け》、1885年

クロード・モネ《ヴァランジュヴィルの風景》、1882年

クロード・モネ《ルーアン大聖堂》、1892年

クロード・モネ《サルーテ運河》、1908年

 

クロード・モネ《グラジオラス》

クロード・モネ《セーヌ河の日没、冬》、1880年

クロード・モネ《散歩》、1875年

 

エスカレーターで地下2階に下りる。

展示室2

クロード・モネ《国会議事堂、バラ色のシンフォニー》、1900年

 

クロード・モネ《貨物列車》、1872年

クロード・モネ《サン=ラザール駅の線路》、1877年

クロード・モネ《グランド・ジャット島》、1878年

クロード・モネ《花咲く堤、アルジャントゥイユ》、1877年

 

クロード・モネ《睡蓮》、1907年

クロード・モネ《バラ色のボート》、1890年

 

展示室3は「開館25周年記念プログラム コレクション・シネマ」。

前期(6月17日~11月30日)はクリスチャン・マークレー 《ドア》。

開館25周年記念プログラム コレクション・シネマ | 展覧会 | ポーラ美術館

開館25周年記念プログラム コレクション・シネマ | 展覧会 | ポーラ美術館

 

展示室4

クロード・モネ《ジヴェルニーの冬》、1885年

クロード・モネ《セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ》、1872年

 

展示室5は「セザンヌ・レジェンド」。

セザンヌが亡くなったのは1906年10月23日で、2026年は没後120年。

作品リスト

https://www.polamuseum.or.jp/wp-content/uploads/2026/06/20260615022309.pdf

 

ピエール・オーギュスト・ルノワール《アネモネ》、1883-1890年頃

フィンセント・ファン・ゴッホ《アザミの花》、1890年

ポール・ゴーガン《白いテーブルクロス》、1886年

オディロン・ルドン《日本風の花瓶》、1908年

 

ポール・セザンヌ《ラム酒の瓶のある静物》、1890年

ポール・セザンヌ《砂糖壺、梨とテーブルクロス》、1893-1894年

ポール・セザンヌ《アントニー・ヴァラブレーグの肖像》、1874 -1875年頃

ポール・セザンヌ《アルルカン》、1888 -1890年

ポール・セザンヌ《4人の水浴の女たち》、1877 -1878年

ポール・セザンヌ《プロヴァンスの風景》、1879-1882年

 

ジョルジュ・ブラック《レスタックの家》、1907年、撮影禁止

パブロ・ピカソ《裸婦》、1909年、撮影禁止

アンリ・マティス《リュート》、1943年

ピエール・ボナール《ミモザのある階段》、1946年頃

 

箱根神社

関東総鎮守箱根大権現と尊崇されてきた。

坂上田村麻呂や源頼朝も信仰し、1232年(貞永元年)に執権・北条泰時が制定した御成敗式目では祈誓を捧げる神々の筆頭に挙げられている。

箱根神社(九頭龍神社)公式ホームページ

天気が優れなかったため、平和の鳥居は数人しかいなかった。

 

昼食は茶屋本陣畔屋 cafeKOMON湖紋で、国産牛のひつまぶし。

茶屋本陣畔屋 cafeKOMON湖紋

 

隣にある箱根駅伝ミュージアムは行かず。

箱根駅伝ミュージアム | 長きに渡る箱根駅伝の歴史を展示

 

来宮神社(來宮神社)

熱海 來宮神社 - きのみやじんじゃ

樹齢2,100年以上の大楠は日本最樹齢の樟で国指定天然記念物。

 

東海館

1928年(昭和3年)に温泉宿として開業。1997年(平成9年)に営業を終了し、保存改修工事を経て、2001年(平成13年)に文化施設として開館。伊東市指定有形文化財。

 

今日のホテルは、伊豆高原ホテル 五つ星。

和洋室(客室風呂付)、55㎡。

伊豆高原 ホテル五つ星

 

夕食は美味少量会席。

 

前菜三種

茄子グラタンチーズ焼き

昆布〆サラダ

明日菜浸し切胡麻

 

造り

地金目鯛

本鮪赤身

地魚白身

あしらい一式

 

煮物(出汁鍋しゃぶ)

地金目鯛スライス

巻白菜 白葱 榎 水菜 豆腐

 

焼物

太刀鱼九条葱巻香草オリーブ焼き

トウモロコシ 生野菜 辛子胡麻ドレ

 

肉料理

静岡県産牛サーロインステーキ

付け合わせ野菜色々 自家製ソース

 

食事

本日の御飯(御殿場コシヒカリ使用)

赤出汁 香の物

 

デザート

洋菓子と季節の果物

 

 

2026年7月2日~7月3日 箱根・伊豆旅行

鹿児島4 城山展望台・霧島神宮

3泊4日の鹿児島旅行、4日目。

 

日の出を見るために、5時頃起床。
鹿児島市の今日の日の出時刻は5時15分。

曇りどころか雨も降ってきたため日の出は見れず。

 

城山展望台(城山公園)

標高107mの城山の展望台からは桜島や錦江湾が臨める。1931年(昭和6年)に国の天然記念物・史跡に指定。

 

朝食は城山ホテル鹿児島。

自慢の朝食|【公式】城山ホテル鹿児島(SHIROYAMA HOTEL kagoshima)

真鯛潮茶漬、鰹節卵かけご飯など。

 

11時00分に城山ホテル鹿児島発のシャトルバスで約30分、11時30分に鹿児島中央駅中央ターミナルビルに到着。

11時50分に鹿児島中央駅発のJR鹿児島本線きりしま10号で約50分、12時40分に霧島神宮駅に到着。

 

霧島神宮駅のQuili(きり)で赤紫蘇ジュースを飲む。

 

12時56分に霧島神宮駅発の鹿児島交通バスで約15分、13時09分に霧島神宮前に到着。

 

霧島神宮

延喜式にも日向国諸県群霧島神社と記される。

霧島神宮 – 南九州最大の神宮「霧島神宮」の公式サイトです。

 

今年の1月11日以来。5か月ぶり。

 

展望所、神聖降臨之碑、さざれ石と見ながら上っていく。

 

現在の社殿は正徳5年(1715年)に第21代当主・島津吉貴の寄進によって復興されたもので、本殿・幣殿・拝殿は令和4年2月9日に国宝に指定された。

背後には古事記・日本書紀にも記される高千穂峰が聳え立ち、その頂上には天の逆鉾がある。

2008年3月9日に登った。

 

おみくじで大吉をいただき、山神社にも行く。

 

14時00分から特別拝観。

特別拝観のお知らせ – 霧島神宮

 

幣殿に昇殿し、竜柱を見れる。本殿壁画「二十四孝図」も一部のパネルがあった。

 

当初は昨日6月27日(土)に来る予定だったが、台風の接近により中止となったため今日来ることになった。

6月27日特別拝観中止のお知らせ – 霧島神宮

 

15時15分に霧島神宮前発の鹿児島交通バスで約15分、15時28分に霧島神宮駅に到着。

一日乗車券専用のアクセスバスというもので1,500円だった。(往路の普通のバスは330円)

15時37分に霧島神宮駅発のJR日豊本線きりしま11号で約50分、16時24分に鹿児島中央駅に到着。

 

17時08分に鹿児島中央駅前発の鹿児島市電で約5分、17時14分に高見馬場駅に到着。

 

夕食は、とんかつと、しゃぶしゃぶ。黒豚ふくや 本店。黒豚のヒレのとんかつを食べる。

とんかつと、しゃぶしゃぶ。黒豚ふくや 本店 - 天文館の黒豚専門店

かごしま黒豚

かごしま黒豚とは | 鹿児島県黒豚生産者協議会

 

18時20分に天文館発の鹿児島交通バスで約55分、19時15分に鹿児島空港に到着。

 

お土産は薩摩蒸氣屋の、かすたどん。

薩摩蒸氣屋─かるかん、春駒、蒸気 高麗まんじゅう、かすたどん、銅鑼殿(どらどん)、おらが西郷どん

明石屋の軽羹饅頭(かるかん饅頭)。

鹿児島土産にかるかん・かるかん饅頭を|御菓子司 明石屋

 

 

20時40分に鹿児島空港発のJAL654で約1時間45分、22時25分に羽田空港に到着。

 

 

2026年6月25日~6月28日 鹿児島旅行

鹿児島3 仙巌園・島津家歴史博物館 尚古集成館・照國神社

3泊4日の鹿児島旅行、3日目。

 

朝食はドーミーイン鹿児島。

朝食|【公式】天然温泉 霧桜の湯 ドーミーイン鹿児島

 

今日は当初は霧島神宮の特別拝観を予約していたが、台風7号の接近により中止となった。

6月27日特別拝観中止のお知らせ – 霧島神宮

 

JR九州においても台風7号の影響により、日豊本線・鹿児島本線(上下線)が西都城~鹿児島中央間、指宿枕崎線(上下線)が鹿児島中央~枕崎間で始発列車から運行取り止めとなっていた。(午前中から運行再開予定)

 

霧島神宮の特別拝観は明日に予約を取りなおし、今日は仙巌園へ。

 

9時34分に高見馬場発の鹿児島交通バスで約15分、9時47分に仙巌園前に到着。

仙巌園駅は2025年3月15日に開業した。

鹿児島県/仙巌園駅の開業について

 

 

仙巌園

1658年(万治元年)年に19代島津光久によって、島津家の別邸として築かれた。

庭園は桜島を築山に錦江湾を池に見立てた借景庭園。

 

世界遺産オリエンテーションセンター

 

反射炉跡

28代島津斉彬が築いた炉の跡で、世界遺産の構成資産。

山神・水神。

 

正門は1895年(明治28年)に29代島津忠義によって建てられた。

 

錫門は江戸時代の正門。

屋根は薩摩の特産品の錫で葺かれている。

 

御殿は迎賓館としての役割も果たした。

釘隠しは11種もある。

朱塗網代女乗物

 

薩摩焼蓋付壺

29代忠義がロシア帝国最後の皇帝・ニコライ2世の戴冠式の時に贈った薩摩焼の複製。原資料はエルミタージュ美術館に所蔵されている。

 

謁見の間

天井のシャンデリアは特注で、島津家の家紋である丸十紋が施されている。

島津斉彬筆「鷹図屏風」もある。

 

御居間の釘隠しは薩摩焼の桜島大根

 

御子座(化粧の間)

鶴と松が描かれる金襖(複製)

陽の八角形

コウモリの釘隠し

 

御子座(披露の間)

中庭には、陰の八角形。

 

鳳印の間(玄関の間)

掛け軸は島津斉彬による「思無邪」

 

仙巌園茶寮で、鹿児島茶飲みくらべ「利き茶」(2,400円)。鹿児島産のお茶を5種類と、添え菓子5つ。

https://www.senganen.jp/food/sengan-en-matcha-cafe/

 

獅子乗大石灯籠

29代島津忠義が1884年に造らせた国内最大の石灯籠。

 

望嶽楼

約350年前に琉球王国から伝わった東屋で、28代島津斉彬と勝海舟の面会も行われた。

 

鶴灯籠

 

山の岩に千尋巌と彫られた文字が見える。

3文字で約11mの大きさがあるようで、1814年(文化11年)、27代島津斉興の時代にのべ3,900人で3ヶ月かけて彫られた。

 

祥福橋を渡り、秀成荘奥芝生広場は桜島展望ポイント。

 

石階段を上り、曲水の庭。

御庭神社は、1918年(大正7年)に島津家にゆかりある13の神社を集めて祀った神社。

 

江南竹林

21代島津吉貴が中国から琉球を経由して孟宗竹を植えたとされる日本の孟宗竹発祥の地。

 

猫神

17代島津義弘は猫の瞳で時刻をよんで戦に役立てたらしい。紫陽花が綺麗。

 

迫ン太郎

水の流れを利用した米つき機で、かつて玄米を精米するために使われていたと伝えられている。

 

会津薩摩友好の椿もある。

 

 

鶴嶺神社

島津家歴代当主とその家族を奉祀するために、明治2年に創建された。

初代の島津忠久が源頼朝の庶子と伝わるため、源頼朝公御石塔がある。28代島津斉彬が建設した溶鉱炉跡もある。

鶴嶺神社

島津家初代は1179年に生まれた島津忠久で、1912年に生まれた島津忠秀が31代。

島津家には江戸時代の薩摩藩から数える〇代藩主の他に、1179年生まれの初代から数える〇代当主という数え方があることに歴史を感じる。

https://storage.googleapis.com/studio-design-asset-files/projects/EjOQoom4aJ/s-1x1_974976fa-1761-4720-874f-b6d7c17e66d4.pdf

 

島津家歴史博物館 尚古集成館

尚古集成館は大正12年に開館した島津家が経営する博物館。耐震・リニューアル工事による休館を経て、2024年10月1日に再開館した。(尚古集成館別館は2024年9月30日に閉館した)

旧集成館機械工場は、1865年(慶応元年)に竣工した日本最古の石造洋式機械工場で、世界遺産の構成資産。集成館は、反射炉、溶鉱炉、ガラス工場、紡績工場、蒸気機関の製造所などの工場群の名称。

ホーム - 島津家歴史博物館 尚古集成館

 

伝島津忠久所用 赤糸威大鎧

牡丹丸十紋蒔絵女乗物

「戦国島津の歩み」(10分)を見る。

島津斉彬石膏像、島津久光石膏像

夏季企画展「文化凛然 戦国島津」

 

島津斉彬は「日本一致一体」という幕府や藩の枠組みを越えて日本が一丸となって近代化すべきという考え方を持っていた。

集成館事業も他藩の視察を受け入れ、各地に技術の提供もした。

島津斉彬に仕えた石河確太郎(正竜)は、集成館だけでなく、富岡製糸場にも関わった。

 

明治維新後に島津家は旧藩時代の資産のほとんどが国や県に引き継がれたが、鉱山・山林・新田開発など藩主家の資金を投じた一部の事業は継承され、1922年(大正11年)に島津家が設立した薩摩興業株式会社へと継承された。

その後、会社は昭和金融恐慌や太平洋戦争などを乗り越えて存続し、1951年(昭和26年)に株式会社島津興業に変更し、現代に繋がる。

 

島津家は源頼朝から守護に任じられた領地を明治維新まで治め続けることができた唯一の家。そのため犬追物など鎌倉御家人の文化を守り伝え続けてきた。

貿易大名 島津家の歩み - 島津家歴史博物館 尚古集成館

 

尚古集成館および仙巌園一帯は、2015年7月に世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製綱、造船、石炭産業」に登録された。

世界文化遺産 - 島津家歴史博物館 尚古集成館

 

鹿児島県では他にも屋久島と、奄美大島、徳之島(奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島)が世界自然遺産に登録されている。

 

旧鹿児島紡績所技師館(異人館)は外観のみ。

日本初の洋式紡績工場である鹿児島紡績所の技術指導にあたったイギリス人技師の宿舎で、1867年(慶応3年)に建てられた最も初期の洋風木造建築。

和洋折衷の建築様式が特徴で、国の重要文化財、世界遺産の構成資産。

明治5年に明治天皇が昼食をとり、明治10年の西南戦争では仮病院になり、明治15年に鶴丸城跡へ移設され、昭和11年に元の場所へ再移築され、昭和20年にはアメリカ軍宿舎となり、現在は一般公開されている。

 

ぢゃんぼ餅 平田屋で、両棒(ぢゃんぼ)餅を食べる。

【公式】鹿児島の郷土菓子 ぢゃんぼ餅の平田屋

 

14時49分に仙巌園前発のカゴシマシティビュー(バス)で約25分、15時12分に天文館に到着。

 

天文館を散策。

1779年に25代藩主・島津重豪が天文観測所として作った明治館(別名、天文館)があったことに由来する。

はいから通り、にぎわい通り、ぴらも~る、中町コアモールなどアーケードが凄い。

天文館 公式ホームページ

 

天文館むじゃき2階のカジュアルレストラン Mujyakiで、ストロベリー白熊のレギュラーサイズ(950円)。

1946年の創業から今年で80周年。

https://mujyaki.co.jp/

 

照國神社

28代当主で11代藩主の島津斉彬を祀る神社。

照國文庫資料館は充実していた。

照國神社 | 御祭神・照国大明神(島津斉彬公) | ご祈願・七五三参り・幸先詣・神前結婚式

樹齢約180年の松が鳥が羽ばたくような形をしていた。

 

西郷隆盛像

渋谷の忠犬ハチ公の制作者である安藤照が西郷隆盛没後50年祭記念として製作し、1937年(昭和12年)に完成した高さ約8m(台座含む)の像。

道路を挟んだ撮影スポットにいる愛犬を初めて発見!案内所?の営業時間内のみ現れるよう。

 

7月3日〜5日、鹿児島祇園祭 おぎおんさぁが行われる。

鹿児島祇園祭 おぎおんさぁ2026公式サイト

 

17時40分に天文館発のシャトルバスで約15分、17時55分に城山ホテル鹿児島に到着。

 

18時30分に城山ホテル鹿児島発のシャトルバスで約30分、19時00分に鹿児島中央駅中央ターミナルビルに到着。

 

夕食は船頭料理 魚庄。

名物の泳ぎサバが美味しかった。

船頭料理 魚庄

 

21時00分に鹿児島中央駅中央ターミナルビル発のシャトルバスで約25分、21時25分に城山ホテル鹿児島に到着。

 

今日のホテルは、城山ホテル鹿児島。

フォレストツイン25㎡。

【公式】城山ホテル鹿児島(SHIROYAMA HOTEL kagoshima)

 

 

2026年6月25日~6月28日 鹿児島旅行

鹿児島2 知林ヶ島・枚聞神社・西大山駅・長崎鼻・砂湯里

3泊4日の鹿児島旅行、2日目。

 

朝食はいぶすき秀水園。

 

10時30分に秀水園発の送迎バスで約5分、10時35分に指宿駅に到着。

 

レンタカーは、かごんまーべラスレンタカープランで3,000円。

感動!ふたたび!かごんまーべラス!|JR九州

 

知林ヶ島(ちりりんロード)

錦江湾に浮かぶ周囲3kmの無人島で、3月~10月の干潮時に約800mの砂の道が現れ、歩いて渡れるようになる。

砂の道は「ちりりんロード」といい、錦江湾から出る海流と錦江湾へ入る海流の二つがぶつかる場所に砂が溜まってできる。

 

今日6月26日の出現予測時刻は7時55分~13時55分で、約6時間出現し続ける。

令和8年砂州出現予測

https://www.ibusuki.or.jp/tourism/docs/%E7%AC%AC%EF%BC%91%E7%89%88%EF%BC%89%E4%BB%A4%E5%92%8C%EF%BC%98%E5%B9%B4%E7%A0%82%E5%B7%9E%E5%87%BA%E7%8F%BE%E4%BA%88%E6%B8%AC.pdf

 

揖宿神社(いぶすき神社)

「揖宿神社の社叢(しゃそう=森)」として鹿児島県天然記念物に指定されている。

【揖宿神社公式サイト】|鹿児島県指宿市での「初詣・御祈祷・御祈願・永代供養」指宿神社

 

池田湖

火山の噴火によって約5700年前に誕生したカルデラ湖で、周囲15kmの九州最大の湖。

 

黄金の鳥居

池田湖と開聞岳を一望できるパワースポット。

 

イッシー像

池田湖にはいるかもしれない未確認生物(UMA)。

昭和53年9月3日に、湖面を猛スピードで進む二つの黒い物体が泳ぐのを多くの人々によって目撃された。水面に浮かぶコブとコブの間は5メートルほどあったらしい。

像は小さいのと大きいのがあった。

 

市営唐船峡そうめん流し

回転式そうめん流し発祥の地。

 

枚聞神社(ひらきき神社)

薩摩国一宮。

 

日本最古の井戸といわれる玉乃井は行かなかった。

鏡池は通り過ぎた。

約5,700年前の噴火でできた火口湖で、鏡のように水面に逆さに映し出される開聞岳は「逆さ富士」と呼ばれるらしい。

 

西大山駅

JR日本最南端の駅で、黄色いポストや幸せの鐘がある。

かいもん市場 久太郎では、JR日本最南端の駅到着証明(110円)も発行できる。

ちょうど14時34分の電車が来るのを見れた。

 

長崎鼻

薩摩半島の最南端に突き出た岬。浦島太郎が竜宮へ旅立った岬とも言い伝えられ、竜宮岬ともいわれる。

 

龍宮神社

竜宮伝説発祥の地のため、豊玉姫(乙姫様)を祀っている。

 

薩摩長崎鼻灯台

1957年(昭和32年)に建てられたもの。

 

マンゴーの森

マンゴーの森 - 有限会社かめや - 鹿児島

 

 

山川砂むし温泉「砂湯里~さゆり~」

山川砂むし温泉「砂湯里~さゆり~」 | いぶすき観光ネット

砂楽よりも海が近く波の音がよく聞こえ、風も気持ち良いのが良い。ただ、風が強いと波に襲われるようで、昨日も一人犠牲になったらしい。

 

薩摩伝承館は時間の都合で行かなかった。

2008年に白水館の創業者の下竹原弘志と子の下竹原和尚により開館した。

薩摩伝承館 公式ホームページ | ここにくれば薩摩がわかる

 

17時26分に指宿駅発のJR指宿枕崎線で約80分、18時43分に鹿児島中央駅に到着。

台風の影響により、指宿駅18時29分発の電車から運転を取り止めると掲示があった。

乗った電車も5分ほど遅延した。

 

かごんまーべラスフリーきっぷも考えたが買わず。

連続する2日間、設定区間(フリー区間)の普通、快速列車、在来線特急列車の普通車自由席に乗り降り自由な切符。

かごんまーべラスフリーきっぷ|JR九州

感動!ふたたび!かごんまーべラス!|JR九州

 

鹿児島中央駅には若き薩摩の群像がある。

薩摩藩がイギリスへ派遣した留学生一行の像で、町田久成(帝国博物館(現・東京国立博物館)の初代館長)、五代友厚、森有礼など19名。船を手配したのはグラバー。

 

夕食は梅屋で、特製和出汁とすき焼き風しゃぶしゃぶ、黒豚コース。

株式会社梅北 | 鹿児島の料理とお酒とオリーブオイルが楽しめるお店

 

今日のホテルは、ドーミーイン鹿児島。

デラックスダブルルーム。

【公式】ドーミーイン鹿児島 - 最安値で宿泊予約 | ビジネスホテル

 

 

2026年6月25日~6月28日 鹿児島旅行

鹿児島1 指宿・砂むし会館 砂楽・橋牟礼川遺跡

3泊4日の鹿児島旅行、1日目。

 

8時05分に羽田空港発のJAL643で約2時間、9時55分に鹿児島空港に到着。

 

来年2027年度は、西郷隆盛生誕200年・没後150年(1828年1月23日生、1877年9月24日没)を迎える。

西郷隆盛生誕200年・没後150年特集 | 特集 | 【公式】鹿児島市の観光・旅行情報サイト|かごしま市観光ナビ

かごしま観光PRキャラクター西郷どん

かごしま観光PRキャラクター西郷どん|鹿児島市

 

10時30分に鹿児島空港発の鹿児島交通バスで約2時間、12時27分に指宿駅前に到着予定。

降りる人がいないため途中の停留所をショートカットをしたので、約20分早い12時10分頃に到着。

 

指宿は2025年1月17日以来。

 

昼食はさつま味で、板前まかない丼。指宿ご当地グルメの温たまらん丼。

さつま味 - 鹿児島郷土料理

 

砂むし会館 砂楽

天然砂むし温泉は、海岸に自然湧出する温泉に温められた砂を利用する。

指宿温泉 砂むし会館 砂楽

 

顔以外は砂に埋められ、砂の重みに鼓動や脈が感じられる。近くで工事が行われていて、波の音が邪魔されてしまったのが残念。

温泉は海水を温めたものではなく、化石海水という地下の深い所にたまった古代の水。飲むことはできないが、口に入るとほんのり塩味を感じるくらいらしい。

 

指宿市には「イーブイ好き→いーぶいすき→いーぶすき→指宿」と語呂が似ているという縁から、イーブイのマンホールやもふもふパネルが設置されている。

イーブイのもふもふパネルがリニューアル! | いぶすき観光ネット

 

 

橋牟礼川遺跡

大正13年に国指定史跡に指定され、現在は約2ヘクタールの史跡公園として整備されている。

「日本近代考古学の父」と評された京都帝国大学の浜田耕作は、橋牟礼川遺跡(当時は指宿遺跡)から縄文土器と弥生土器が一緒に拾われたことを知り、大正7,8年に発掘調査を行った。

かつては縄文土器と弥生土器の違いは使っていた民族が違うという説があったが、この調査によって、開聞岳の火山灰の下から縄文土器が、上から弥生土器が出土することが明らかになり、2つの土器の違いは時代差によるものであることが証明された。この発見によって、橋牟礼川遺跡は国指定史跡に指定された。

 

874年(貞観16年)3月25日の開聞岳の噴火によって火山灰で埋もれた平安時代の集落も発見され、国内でも貴重な火山災害遺跡として知られている。

日本三大実録という古文書にある開聞岳噴火の記録と発掘調査の成果が一致したことで、埋没した日が明らかになった。

 

8世後半頃の竪穴式住居4棟(復元)がある。地層も見学できるが、16時45分頃には閉まっていた。

 

隣接する指宿市考古博物館 時遊館 COCCOはしむれも17時00分閉館(入館は16:30まで)のため見れず。

時遊館COCCOはしむれ|指宿市考古博物館 時遊館COCCOはしむれ

 

今日のホテルは、いぶすき秀水園。

和室 10畳(島津の棟)。

旅館|いぶすき秀水園|公式

 

夕食は基本会席「秀水会席」。

食前酒 利右衛門さんの梅酒

前 菜 おくら摺り流し、鯛真子旨煮、あく巻きぶぶ揚げ、美味豆腐、きびなご紫蘇揚げ

造 り 二段箱盛り(赤身、白身、地魚、水烏賊、生雲丹)

吸 物 清まし汁仕立て

蓋 物 薩摩黒豚やわらか煮

焼 物 あわび素味噌焼き

合 肴 さつま揚げ

替 鉢 飛魚出汁のよせ鍋

食 事 白御飯

留 椀 赤出汁

香の物 盛り合わせ

水 物 果物、芋焼酎羊羹

 

 

2026年6月25日~6月28日 鹿児島旅行

“カフェ”に集う芸術家ー印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで(三菱一号館美術館)

三菱一号館美術館

新しい私に出会う、三菱一号館美術館

 

三菱一号館美術館の赤煉瓦の建物は、三菱が1894年(明治27年)に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元したもの。三菱一号館は三菱が丸の内に建設した初めての洋風事務所建築で、19世紀後半の英国で流行したクイーン・アン様式が用いられていた。

 

老朽化のために1968年(昭和43年)に解体されたものを、当時の製造方法や素材まで忠実に復元し、2009年4月30日に竣工。2010年4 月6 日に三菱一号館美術館が開館。

設備入替および建物メンテナンスのため、2023 年4 月10 日から⾧期休館していたが、2024 年11 月23日(土)に再開館。

 

コレクションは、建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心に、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、オディロン・ルドン、フェリックス・ヴァロットン等の作品を収蔵している。

 

館内には、三菱一号館の復元の経緯や丸の内の歴史を伝える「歴史資料室」や「三菱センターデジタルギャラリー」を併設。運営は三菱地所(株)。

三菱センターデジタルギャラリーは、静嘉堂文庫・静嘉堂文庫美術館と東洋文庫に収蔵されている三菱ゆかりの貴重な名品を高精細デジタル画像で収録し、公開している。

 

“カフェ”に集う芸術家ー印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで

 

19世紀後半のパリ、モネやルノワールなどがマネを慕ってモンマルトルの〈カフェ・ゲルボワ〉に集まり、それが引き金となって後に印象主義が生まれた。

演劇や詩の朗読、作品の展示といった芸術的な活動を前面に押し出した初めてのキャバレーとして、ロドルフ・サリスが1891 年に開店した〈シャ・ノワール(黒猫)〉では、画家リヴィエールによる洗練された影絵芝居が人気を博した。

また、ロートレックは〈ムーラン・ルージュ〉や〈カフェ・コンセール〉の常連となり、彼がダンサーや歌手たちを描いたポスターは一世を風靡した。

このように当時の“カフェ”では、芸術家や文化人の議論が活発に展開され、新しい芸術表現がつぎつぎと発表された。

この展覧会では“カフェ” をカフェ=コンセール(酒を含む飲食に加えて、演者による大衆的な歌や場を盛り上げるトークが聞ける場所)、ガンゲット(酒を含む飲食に加えて、客が参加する形で踊る場所)、キャバレー(カフェ= コンセールから派生し、芸術的な活動が展開されるようになった場所)なども含む広い意味で捉えている。

 

6月13日の初日に見たが、再訪。

作品リスト

https://mimt.jp/wp-content/uploads/2026/06/2026%E5%B9%B4%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%81%AB%E9%9B%86%E3%81%86%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%AE%B6%E5%B1%95%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88_%E4%B8%89%E8%8F%B1%E4%B8%80%E5%8F%B7%E9%A4%A8.pdf

 

第1章 カフェを描く─レアリスムから印象派へ

1-1 近代絵画の誕生とカフェ

 

エドゥアール・マネ《バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)》、1872年、ひろしま美術館

ベルト・モリゾ《黒いドレスの女性(観劇の前)》、1875年、国立西洋美術館

オーギュスト・ルノワール《パリ、トリニテ広場》、1875年頃、ひろしま美術館

カミーユ・ピサロ《ポン=ヌフ》、1902年、ひろしま美術館

アルマン・ギヨマン《ロバンソンの散歩》、1878年頃、ポーラ美術館

アルフレッド・シスレー《サン=マメス》、1885年、ひろしま美術館

 

エドガー・ドガ《馬上の散策》、1867-68年、ひろしま美術館

ジャン=ルイ・フォラン《舞台裏─青のシンフォニー》、1900-23年頃、公益財団法人大原芸術財団 大原美術館

エドガー・ドガ《右手で右足をつかむ踊り子》、1896-1911年、ひろしま美術館

エドガー・ドガ《赤い服の踊り子》、1897年頃、ひろしま美術館

 

1-2 メディアとしての版画の隆盛とカフェ

オノレ・ドーミエ《〈ブラッスリーにて〉2》、1863年、市立伊丹ミュージアム

オノレ・ドーミエ《〈ドーミエによる劇場のクロッキー〉4》、1853年、国立西洋美術館

ポール・ガヴァルニ《〈舞台裏〉21》、1838年、市立伊丹ミュージアム

レオン・ジャック《ムーラン・ド・ラ・ガレット(モンマルトル「『腐食銅版画家協会:近代の腐食銅版画』誌」》、1862-67年、町田市立国際版画美術館

 

第2章 夜のカフェ─シェレ、ロートレックの世紀末

2-1 広告芸術に現れるカフェ─シェレのポスター

ジュール・シェレ《ムーラン・ルージュの舞踏会》、1889年、サントリーポスターコレクション(大阪中之島美術館寄託)

ジュール・シェレ《「パリ-シカゴ」エッフェル塔劇場》、1893年、京都工芸繊維大学美術工芸資料館

アルフォンス・ミュシャ《ジスモンダ》、1894年、京都工芸繊維大学美術工芸資料館

ジョルジュ・デヴァリエール《ミュージック・ホール》、1903年、公益財団法人大原芸術財団 大原美術館

 

ジュール・シェレ《「ロータスの花」フォリー・ベルジェール》、1893年

ジュール・シェレ《「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ》、1893年、京都工芸繊維大学美術工芸資料館

 

2-2 ロートレックとカフェ─《ムーラン・ルージュ》とモンマルトル界隈

フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》、1886年、石橋財団アーティゾン美術館

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《『ルイ13世風の椅子のリフレイン』(アリスティド・ブリュアンのキャバレーにて)》、1886年、ひろしま美術館

ルイ・アンクタン《マルグリット・デュフェ公演》、1891年頃、京都工芸繊維大学美術工芸資料館

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《アリスティド・ブリュアン》、1893年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて》、1893年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《アリスティド・ブリュアン》、1893年、ひろしま美術館

アンリ・ド・トゥールーズ= ロートレック《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》、1891年

 

アンリ=ガブリエル・イベルス、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《『カフェ・コンセール』表紙》、1893年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ディヴァン・ジャポネ》、1893年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《「お金」のプログラム》、1895年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《アイリッシュ・アンド・アメリカン・バー、ロワイヤル街『ザ・チャップ・ブック』誌》、1895年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ロイ・フラー嬢》、1893年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《マルセル・ランデール嬢、胸像》、1895年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《メイ・ベルフォール》、1895年

 

映像「パリの魅力」(8分34秒)

 

階段で2階に降りる。

 

第3章 〈シャ・ノワール〉の登場とその後の展開 ─パリとバルセロナの往還

3-1 「パリの頭脳」と呼ばれた〈シャ・ノワール〉とその影響

テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡業公演》1896年、京都工芸繊維大学美術工芸資料館

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《『怒れる牝牛』誌》、1896年

 

アンリ・リヴィエール《波『レスタンプ・オリジナル』》、1893年

アンリ・リヴィエール《エッフェル塔の建築現場》、1889年、町田市立国際版画美術館

ジョルジュ・オリオール《ざわめく森『レスタンプ・オリジナル』》、1893年

フェリックス・ヴァロットン《『ニブ』誌、第2号》、1895年

ピエール・ボナール《ピガール広場》、1905年頃、ひろしま美術館

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《写真家セスコー》、1896年、国立西洋美術館

《『シャ・ノワール』第294・295号》

 

3-2 〈シャ・ノワール〉から〈クアトラ・ガッツ〉へ

ラモン・カザス《ペラ・ロメウと4匹の猫》、1897年頃、国立西洋美術館

 

ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年、ムンサラット美術館

 カトリックの聖地ムンサラット修道院が擁する美術館から35年ぶりに来日した。

 

サンティアゴ・ルシニョル《カフェ・デ・ザンコエラン》1889-1890年、ムンサラット美術館

ラモン・カザス《アニス・デル・モノ》、1898年、国立西洋美術館

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《シンプソンのチェーン》、1896年

 

3-3 〈クアトラ・ガッツ〉からピカソ、そしてモンパルナスへ

パブロ・ピカソ《カンカン》、1900年、ひろしま美術館

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》、1896年

パブロ・ピカソ《通りの光景》、1900年、ポーラ美術館、撮影禁止

パブロ・ピカソ《ロマの女》、1900年、三重県立美術館、SNS禁止

パブロ・ピカソ《酒場の二人の女》、1902年、ひろしま美術館

アメデオ・モディリアーニ《青いブラウスの婦人像》、1910年頃

 

モーリス・ユトリロ《ムーラン・ド・ラ・ガレット》1910年頃、ポーラ美術館

モーリス・ユトリロ《雪のラパン・アジル》、1916年頃、ふくやま美術館

モーリス・ユトリロ《モンモランシーの通り》、1912年頃、ひろしま美術館

 

 

小企画展「モネとルドン」

出品リスト

https://mimt.jp/wp-content/uploads/2026/05/MonetandRedon_list.pdf

作品解説完全版

https://mimt.jp/wp-content/uploads/2026/05/notice-complete-Monet-and-Redon.pdf

 

I コロー、ルドンと印象派

1|はじめに

カミーユ・コロー《サン=ジェルマン=アン=レーの小道》

 

2|ルドンの版画:黒(ノワール)

オディロン・ルドン《『夢のなかで』表紙=扉絵》

 

3|印象派

アルフレッド・シスレー《ルーヴシエンヌの一隅》

カミーユ・ピサロ《窓から見たエラニーの通り、ナナカマドの木》

カミーユ・ピサロ《エラニーのロックおばさんの農園》

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピクニック》

 

4|ドラクロワの子どもたち

エドガー・ドガ《ラファエロ《アテネの学園》の模写》

ポール・セザンヌ《りんごとテーブルクロス》

 

II モネとルドン

1|モネ

クロード・モネ《草原の夕暮れ、ジヴェルニー》

クロード・モネ《プティ・タイイの岬、ヴァランジュヴィル》1897年、三菱一号館美術館寄託

 

2|ルドン

オディロン・ルドン《女の横顔》

オディロン・ルドン《小舟》

「展覧会カタログの愉しみ」「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー」「ウジェーヌ・ブーダン展」

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 駒場博物館

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 駒場博物館

 

「展覧会カタログの愉しみ―駒場博物館資料室・開室20周年特別展」

駒場博物館には2万冊の展覧会カタログが収蔵されており、今回は1,100冊余りが公開されている。

 

はじめに——展覧会カタログの愉しみ

 

第Ⅰ部 学術研究と展覧会の往還

東大比較文學會学会誌『比較文學研究』

機関誌『比較文學研究』とは | 東大比較文学會

東大比較學学會のCatalTo(カタルト)

CatalTo(展覧会図録品評勝手連TOKYO)は、展覧会カタログを品評し愉しむことを目的として、駒場の教員や院生の有志で構成された会。

CatalTo | 東大比較文学會

 

第Ⅱ部 比較芸術研究者・今橋映子のセットリスト

今橋映子・今橋理子『毎日新聞』展覧会批評 連載〈美の越境〉2025

日本人のパリ

文学と美術——近代日本の場合

近代日本工芸の拡がり

写真展の魅力

 

第Ⅲ部 デュシャン・ドキュメンテーション——松井裕美のセットリスト

 

第Ⅳ部 展覧会カタログを味わい倒す

推しログコーナー:松井裕美の推しログ

推しログコーナー:今橋映子の推しログ

装幀の冒険

都市・郊外・建築

INAX/LIXIL ブックレットの世界

デパート展の底力

 

所蔵品展「美術展を本の世界で 6―駒場博物館カタログ資料室 2024/2025年新収蔵分の紹介―」

 

11時56分に駒場東大前駅発の京王井の頭線で約3分、11時59分に渋谷駅に到着。

12時09分に渋谷駅発のJR山手線で約25分、12時34分に東京駅に到着。

 

 

東京ステーションギャラリー

東京駅丸の内駅舎は辰野金吾の設計によって1914年(大正3年)に創建された。

そして1988年、駅を単なる通過点ではなく、香り高い文化の場として提供したいという願いを込め、東京駅丸の内駅舎内に東京ステーションギャラリーが誕生した。

東京ステーションギャラリー

 

東京駅周辺美術館共通券を使用。

アーティゾン美術館、三井記念美術館、三菱一号館美術館、東京ステーションギャラリー、静嘉堂@丸の内の5館で利用できる共通券で、1年間で各館の好きな展覧会を一つ選んで入館できる。

 

スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照

カール・ヴァルザーは20世紀前半のスイスで活躍した画家。全作品約150点が日本初公開。

スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照

 

展示リスト

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/pdf/list_202604_karl.pdf

 

エレベーターで3階へ

第1章 絵画と素描  Chapter 1: Paintings and drawings

《窓からの眺め》、1899

《人形の乳母車と少女》、1905年以前

《森》、1902-03

《婦人の肖像》、1902

《夜の散歩》、1905年頃

《隠者》、1907

《デルフトの街角》、1907

《女とボルゾイ犬》、1907年頃

《花畑の女性》、1910

《クアフュルステンダム通り》、1911

《村の東端》、不詳

《家並み》、1923

《町の十字路》、1927

 

映像「カール・ヴァルザーゆかりの地」(約2分)

 

《窓際の猫》、1924

《冬景色》、1910

 

階段で2階に下りる。

第2章 日本滞在  Chapter 2: Sojourn in Japan

小説家のケラーマンが書く日本紀行のための挿絵を描くのが目的で日本を訪れた。

 

《吉原の夜》、1908

《歌舞伎役者》、1908

《行脚僧》、1908

《能役者》、1908

ベルンハルト・ケラーマン著/カール・ヴァルザー挿絵・表紙『さっさ よ やっさ 日本の踊り』、1911年刊

《舞妓》、1908

 

映像「カール・ヴァルザーが魅了された宮浦」(約10分)

 

《歌舞伎の女形[阿古屋](《歌舞伎の一場面》のための習作)》、1908

《歌舞伎の一場面(『壇浦兜軍記』より「阿古屋琴責」)》、1908

 

《祇園祭、京都・八坂神社》1908年

《入り江、日本》、1908

《花火》、1908

《獅子舞のいる祭り》、1908

《日本の家屋、池のある中庭》、1908

 

《山鉾巡行》、1908

《京都先斗町の鴨川納涼床》1908年

 

第3章 挿絵と装幀  Chapter 3: Illustrations and book design

 

第4章 舞台美術  Chapter 4: Stage and costume design

 

映像「カール・ヴァルザーの壁画」(約2分)

 

15時45分に東京駅発のJR中央線で約15分、15時59分に新宿駅に到着。

 

 

SOMPO美術館

SOMPO美術館(新宿駅 徒歩5分)|この街には《ひまわり》がある。

 

1976年7月、安田火災海上(現・損保ジャパン)本社ビル42階に「東郷青児美術館」として開館。当時、安田火災と縁の深かった東郷青児の作品を常設展示する美術館として始まる。

1987年、ポスト印象派のフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》がコレクションに加わり、アジアで唯一ゴッホの《ひまわり》を見ることができる美術館となる。

2020年4月、「SOMPO美術館」に館名変更。7月には損保ジャパン本社敷地内に建設した新美術館棟に移転。

 

2026年に開館50周年を迎える。

今年は年間パスポートを購入。

年間パスポート2026| お知らせ | SOMPO美術館

 

「ウジェーヌ・ブーダン展―瞬間の美学、光の探求」

ウジェーヌ・ブーダンは「印象派の先駆者」と呼ばれた。モネに戸外制作を教え、モネは「もし自分が画家になったとすれば、それはブーダンのおかげである」と回想している。

出品リスト

https://www.sompo-museum.org/wp-content/uploads/2026/05/eugeneboudin_list.pdf

 

エレベーターで5階へ。

5階は一作品を除いて撮影可能。

 

I. 海景 ― 海景画家の誕生 | Marines

《嵐(ヤーコプ・ファン・ロイスダールに基づく)》、1853年

《ル・アーヴルの港、灰色の空》、1852-55年

《オンフルール、ラ・リュトゥナンス(国王代理官の館)》、1855-65年

《帆船の習作、夜》、1869-73年

《カマレ、湾、干潮》、1871年

《トゥーク川》、1875年

《海景》、1883年

《ベルク、海岸》、1881年

《埠頭の帆船》、1885-90年

《トルーヴィルの港の朝》、1888年

 

《ベルク、出航》、1890年

《ドーヴィル》、1888年

 

《ル・アーヴルの停泊地》、1892年

《トルーヴィルの港の入口》、1892-96年頃

《オンフルール、港、朝の効果》、1896-97年頃

《ディエップの港》、1896年

 

階段で4階に下りる。

II. 空 ― 瞬間の美学、光の探究 | Ciels

カミーユ・コローはブーダンを「空の王者」と称え、ギュスターヴ・クールベも「空を知っているのはブーダンだけだ」と称賛した。

 

《ノルマンディーの海岸》、1862-65年頃

《空の習作》、1880年頃

《トルーヴィルの港、月の効果》、1870-73年

 

《トルーヴィルの海水浴客》、1890-97年

《ル・クロワジック》、1897年

《フェカン、霧の中の港》、1894年

《干潮》、1884年

 

素描 - part 1 樹々、空、船、海 ― 本質を捉える | Dessins - partie 1

ブーダンは「素描をしなさい、素描を。絵画で重要なのはそれだけだ。」と言い、素描を単なる技法ではなく、絵画の核心と捉えていた。

 

III. 風景 ― バルビゾン派からの学び | Paysages

《トルーヴィル街道、ル・ビュタン近郊》、1860-63年

《コルドリーの道、トルーヴィル》、1878年

《トルーヴィル、トゥーク川にかかる古い橋》、1888-95年

《トゥークの古い港》、1890年

《ダンケルク近郊の田園》、1889年

《ヴィレールの街道、午後》、1893年

 

IV. 建築 ― 旅する画家が見た風景 | Architectures

《アンヴェックのカルヴェール(受難群像碑)》、1865-68年

《廃墟のラッセイ城》、1893年

《カイユーの風車》、1890年頃

 

《ドルトレヒト》、1884年

《ヴェネツィア、税関とサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》、1895年

《ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ》、1895年頃

《ヴェネツィア、埠頭とサン・ビアージョ教会》、1895年

《オンフルール、聖カトリーヌ教会の鐘楼》、1897年頃

 

階段で3階に下りる。

V. 動物 ― 身近なものへの眼差し | Animaux

《魚、エイ、トラザメのある静物》、1873年頃

《水飲み場の牛の群れ》、1880年

《海辺の牛》、1880-88年

《草原の牛、トゥーク川流域》、1881-88年

 

VI. 人物 ― 戸外の群像表現 | Figures

《シテール島への巡礼(アントワーヌ・ヴァトーに基づく)》、1851-53年頃

《ドゥアルヌネ湾(フィニステール)のサンタンヌ=ラ=パリュのパルドン祭》、1858年

《カジノ小屋の前の人々、トルーヴィル》、1884年頃

《傘をさす女性、ベルクの海岸》、1873年頃

《マリー=アンヌ・ブーダンの肖像》、1863年頃

《人物のある風景(ブーダン夫人とモネ一家)》、1875-77年頃

《洗濯する女性たち》1881-89年

 

素描 - part 2 人物研究 | Dessins - partie 2

ルイ・ムーラン、ウジェーヌ・ブーダン《ロッシュ・ノワール・ホテルの前の海岸》、1866年頃

 

版画 ― イメージの伝播 | Estampes

 

収蔵品コーナー | Permanent collection

アンドレ・ドラン《海辺》、制作年不詳

アルマン・ドルーアン《港》、制作年不詳

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》、1888年

ポール・セザンヌ《りんごとナプキン》、1879-1880年