「建物公開2026 アニマルズ in 朝香宮邸」「拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ」

東京都庭園美術館

1933年(昭和8年)に竣工した朝香宮邸は、1955年(昭和30年)~1974年(昭和49年)の間は白金迎賓館として赤坂迎賓館の開設まで使用され、1983年(昭和58年)10月1日に東京都庭園美術館として一般公開された。

東京都庭園美術館 | TOKYO METROPOLITAN TEIEN ART MUSEUM

 

「建物公開2026 アニマルズ in 朝香宮邸」

作品リスト

https://www.teien-art-museum.ne.jp/wp-content/uploads/2026/04/Handout-animals-in-the-residence-of-prince-Asaka.pdf

 

玄関前

唐獅子

 

正面玄関のガラスレリーフの扉には、ルネ・ラリックによる女性像。

 

1動物の館、朝香宮邸

 

アンリ・ラパンのデザインによる大広間。

正面のマントルピースは黒とゴールドの大理石で、上には15枚の鏡がはめ込まれている。階段脇の白大理石のレリーフはブランショ「戯れる子供たち」。

 

大広間と大客室をつなぐ次室には、フランス国立セーブル製陶所で制作された香水塔。

 

小客室

テオドール・マドセン(デザイン)、ペンギン

 

大客室(デザイン:アンリ・ラパン)には、ルネ・ラリックによる2灯のシャンデリア、マックス・アングランによる扉があり、どちらも植物がモチーフとなっている。

 

大食堂(デザイン:アンリ・ラパン)にあるルネ・ラリックによるシャンデリア、マックス・アングランによる扉は、どちらも果物がモチーフとなっている。壁面を覆う銀のレリーフはブランショのもの。

 

喫煙室

 

第一階段を上る。

2階へ。

1階の客室は主にフランス人のデザイナーが担当したのに対して、生活の場である2階は宮内省内匠寮の技師たちが落ち着きのあるデザインを手掛けた。

 

2階広間

佐々木愛、鳥たちが見た夢

 

若宮寝室、合の間、若宮居間

 

書庫

書斎

書斎は正方形の部屋の隅に飾り棚を設置することにより室内が円形で、天井もドーム状になっている。扉の取っ手は象牙でできている。

 

殿下居間(デザイン:アンリ・ラパン)、殿下寝室

第一浴室、妃殿下寝

 

ベランダは白と黒の市松模様の大理石。

 

妃殿下居間。

 

北の間

今日は第二浴室と化粧室は見えなかった。

前回来た時はともに美術館として開館して以来初めて一般公開された部屋。

 

星形のライト

 

姫宮寝室

富永直樹、大将の椅子

 

姫宮居間

居間にはサーモンピンクの大理石のマントルピースに円形の鏡、寄せ木の床。

椅子は、アンドレ・グルー(デザイン)、マリー・ローランサン(絵)、アドルフ・シャノー(製作)。

 

3階(最上階)のウインターガーデンは特別公開。

温室として使用されていた。

 

1階に降りて、小食堂を見て、新館へ。

 

2アール・デコの動物表現

マックス、ポール・アングラン(表紙絵)、アール・エ・アンデュストリ(芸術と産業)

エドゥアール・ベネディクトゥス、ヌーヴェル・ヴァリアシオン 20枚の図版による75の装飾モティーフ

 

3近代動物園の誕生と動物彫刻 フランソワ・ポンポンを中心に

フランソワ・ポンポン、シロクマ、群馬県立館林美術館

実際の動物の観察を重要視したポンポンは、フランス国立自然史博物館附属動植物園(ジャルダン・デ・プラント)に通った。

 

その他のポンポン作品は撮影禁止

フランソワ・ポンポン、バン、群馬県立館林美術館

フランソワ・ポンポン、オラン・ウータン(頭部)、群馬県立館林美術館

フランソワ・ポンポン、ライオン「メネリク」、群馬県立館林美術館

フランソワ・ポンポン、雉鳩、群馬県立館林美術館

フランソワ・ポンポン、ほろほろ鳥、群馬県立館林美術館

フランソワ・ポンポン、カバ、群馬県立館林美術館

フランソワ・ポンポン、ヒグマ、群馬県立館林美術館

 

エドゥアール=マルセル・サンド、ヴェルダン!奴らを通すな

フランソワ・ポンポン、大黒豹、群馬県立館林美術館

 

4ラリックと動物

ルネ・ラリック、花瓶《セイロン》

ルネ・ラリック、花瓶《インコ》

ルネ・ラリック、鉢《インコ》

ルネ・ラリック、花瓶《白鷺》

 

第一応接室は玄関を出て外から見る。

オットー・クンツリ、コマイヌⅦ

狛犬を探していたら、このブローチだった。

 

茶室「光華」(重要文化財)

日本庭園

 

エドゥアール=マルセル・サンド、横たわる豹

 

 

目黒駅への途中に、わたせせいぞうギャラリー白金台があった。

WATASE GALLERY SHIROKANEDAI | APPLEFARM-SeizoWatase-

 

今年の1月8日に門司で、わたせせいぞうギャラリー門司港を見た。

 

12時59分に目黒駅発のJR山手線で約10分、13時11分に新宿駅に到着。

13時16分に新宿駅発の京王新線で約2分、13時18分に初台駅に到着。

 

 

東京オペラシティ アートギャラリー

東京オペラシティ アートギャラリー

 

ギャラリー1,2「拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ」

作品リスト

https://www.operacity.jp/ag/exh297/pdf/list_jp.pdf

 

シュルレアリスム(超現実主義)とは、理性によって分断された世界を乗り越え、新しい現実を求めようとする芸術運動。1924年にアンドレ・ブルトンが定義づけ、無意識や夢に着目したフロイトの精神分析学に影響を受けた文学運動として発生した。

 

ギャラリー1

第 1 章 オブジェ――「客観」と「超現実」の関係

アンドレ・ブルトン、『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』

 

マルセル・デュシャン、帽子掛け

マルセル・デュシャン、折れた腕の前に

マルセル・デュシャン、瓶乾燥器

マルセル・デュシャン、罠

ジョゼフ・コーネル、無題(月の表面)

 

第 2 章 写真――変容するイメージ

マン・レイ、解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい、撮影禁止

 

第 3 章 絵画―― 視覚芸術の新たな扉

アンドレ・ブルトン、イヴ・タンギー、ヴァランティーヌ・ユゴー、ジャネット・タンギー、甘美な死骸

 4名の作者がそれぞれ担当する部分を決め、一枚の紙の上に他から見えないよう順番に絵を描いた。

 

ジョルジオ・デ・キリコ、福音書的な静物Ⅰ

マックス・エルンスト、森

ジョアン・ミロ、絵画

ルネ・マグリット、王様の美術館

サルバドール・ダリ、幽霊と幻影

ルネ・マグリット、レディ・メイドの花束

 

特集展示「装丁」―シュルレアリスムの本棚へ

ジョアン・ミロ、ポール・エリュアール(著)、『あらゆる試練に耐えて』

マルセル・デュシャン、トランクの中の箱

ルネ・マグリット、アラン・ジュフロワ(著)、『対遮地の黎明』

 

第 4 章 広告――「機能」する構成

ジョアン・ミロ ポスター、「スペインを救え」

サルバドール・ダリ、ポスター「パリ、フランス国有鉄道」

サルバドール・ダリ、ポスター「ノルマンディ、フランス国有鉄道」

 

第 5 章 ファッション―― 欲望の喚起

ジョセフ・コーネル、無題

サルバドール・ダリ、回顧的女性胸像、撮影禁止

サルバドール・ダリ、抽き出しのあるミロのヴィーナス、撮影禁止

エルザ・スキャパレッリ、イヴニング・ドレス

サルバドール・ダリ、ダリの太陽

 

クリップ “星のカスケード”モチーフ

関節式ファークリップ

クリップ “ハート”モチーフ

 

ルイス・ブニュエル、サルバドール・ダリ、アンダルシアの犬

 

第 6 章 インテリア――室内空間の変容

ジョルジオ・デ・キリコ、イタリア広場、撮影禁止

ジョアン・ミロ、気晴らしの梯子、撮影禁止

マックス・エルンスト、クィーン、ビショップ、ナイト、撮影禁止

 

マックス・エルンスト、偉大なる無知の人

ジョアン・ミロ《無題(『カイエ・ダール』9巻1-4号所収ステンシル)》 によるタペストリー

ジャン(ハンス)・アルプ、植物のトルソ

ヴィクトル・ブローネル、誕生の球体

 

スタジオ65、ソファ「ボッカ」

 ダリのリップ・ソファへのオマージュ作品として制作されたもので、マリリン・モンローの唇をモデルにしている。

 

メレット・オッペンハイム、鳥の足のテーブル、撮影禁止

サルバドール・ダリ、スプーン付き椅子、撮影禁止

イサム・ノグチ、コーヒーテーブル、撮影禁止

 

階段で上階へ。

ギャラリー3,4「幻想の景色と不思議ないきものたち 収蔵品展086 寺田コレクションより」

 

相笠昌義、みる人

川口起美雄、月が少し浮力を与えるⅡ:記憶

天野裕夫、キャベツをはこぶオレンジとレモン

天野裕夫、白菜山車

 

コリドール「project N 102 大上巧真」

 

外には、ジョナサン・ボロフスキー《シンギングン》

直島のベネッセハウス ミュージアムで見た《3人のおしゃべりする人》と似ている。彼らはジャックジャックと連呼していた。

 

今日も東京・ミュージアム ぐるっとパス2026を使用。

 

NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]は展示替え期間につき休館中。

NTTインターコミュニケーション・センターは、日本の電話事業100周年(1990年)の記念事業として、1997年4月19日に東京オペラシティタワーにオープンしたNTT東日本が運営する文化施設。

NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

大江戸礼賛(江戸東京博物館)

江戸東京博物館

江戸東京博物館

江戸東京の歴史と文化を振り返り、未来の都市と生活を考える場として1993年(平成5年)3月に開館した。

2022年(令和4年)4月1日から大規模改修工事のため休館していたが、2026年(令和8年)3月31日にリニューアルオープン。

 

4月17日に「名所江戸百景」を見に来て以来。

 

江戸東京博物館リニューアル記念特別展「大江戸礼賛」

作品リスト

https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/asset/2026/05/list-raisan.pdf

 

序章 武蔵野は月の入るべき山もなし

現在の東京都と埼玉県一帯にあたる「武蔵野」は、奈良時代の「万葉集」以来、和歌に詠まれ、歌枕の地と知られてきた。

平安時代末期に、江戸の地名を姓とした秩父氏の一族江戸氏がこの地を開いたとされ、戦国時代がはじまる頃、長禄元年(1457)には、太田道灌が江戸城を築城した。

「武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ」

 

武蔵野図屏風、江戸中期

 

 

第1章 将軍のお膝元——武士の都の形成

 第1節 武士の都

武州州学十二景図巻、狩野探幽・尚信・安信・益信/画・林羅山/詩・跋、慶安元年(1648)

江戸城年始登城風景図屏風、佐竹永湖/画、明治31年(1898)

江都四時勝景図 乾巻、狩野章信/画・詞書、松平定信/序、前田利幹/後記、文化13年(1816)、重要文化財

 

江戸大名屋敷図 加賀藩前田家、文久元~慶応元年(1861~65)頃

 現在の東京大学の通称「赤門」。第11代将軍家斉の21女・溶姫を迎えるために建てられたもの。

 

 第2節 泰平の世の備え

紺糸素懸威五枚胴具足、明珍宗保/作、天保15年(1844)8月

萌黄匂威腹巻具足、明珍宗周/作、安政3年(1856)4月

 

 第3節 奥道具の煌めき

綾杉地獅子牡丹蒔絵十種香箱、幸阿弥長重/作、慶安2年(1649)

 「初音の調度」などとともに江戸時代初期の三大婚礼調度と評される。

 

葵蝶紋鶴亀松竹梅七宝繫蒔絵婚礼道具、江戸末期

和宮江戸下向絵巻、篠原善立/画・関行篤/詞書・和歌書、文久2年(1862)

御誕生人形、江戸後期頃

 

 

第2章 江都繁華——町人文化の開花

江戸文化の代表となったのが「二時の相撲、三場の演劇、五街の妓楼」と称された、相撲・歌舞伎・吉原。

 

 第1節 名所と行楽

江戸名所図屏風、江戸前期~中期

 

江戸名所旧跡 繁花の地取組番附、吉田屋小吉/版、江戸後期

 浅草・両国・日本橋が、行司・世話・差添という別格の扱いを受けている。

 

 第2節 二時の相撲・三場の演劇・五街の妓楼

相撲

起源が『古事記』や『日本書紀』に書かれた神話にまで遡るとされる相撲は、神事や宮廷行事となって発展し、力比べの対戦を観て楽しむ文化を育んだ。中世以降は武士の武芸となって受け継がれ、江戸時代になっても各所で辻相撲が催されたが、風紀を乱すとして江戸では長く禁止された。

江戸幕府の統治が整い、江戸が経済的にも発展していくと、寺社修復の資金集めを目的とする勧進相撲が公認されるようになる。18世紀中頃には、春と冬に江戸、夏に京都、秋に大坂という定例の興行日程が確立し、天保4年(1833)には両国回向院での興行が定着した。

 

相撲取組図、渓斎英泉/画、文政7年(1824)頃

両国大相撲繁栄之図、歌川国郷/画、嘉永6年(1853)10月

 

歌舞伎

江戸時代初期、並外れて華美な出で立ちや異様な言動をする「傾き者」が市井にあらわれた。その姿や仕草を取り入れて、出雲大社の巫女を称する出雲の阿国がはじめた「かぶき踊り」が、歌舞伎の起源とされる。その後、女性たちによる「女歌舞伎」、続いて少年たちによる「若衆歌舞伎」が起こるが、いずれも風紀を乱すという理由で禁止された。そして成人男性中心の「野郎歌舞伎」が生まれ、今日の歌舞伎の基礎となった。

江戸では寛永元年(1624)に初代中村(猿若)勘三郎が中村座(当時は猿若座)を開いて以降、数多くの芝居小屋が出現した。元禄年間には、初代市川団十郎が「荒事」と呼ばれる豪快な芝居を生み出してブームとなり、京や大坂とは異なる江戸歌舞伎の特徴となった。

17世紀末には幕府の許可を得た江戸三座(中村座・市村座・森田座)のみが興行を行う制度が整い、江戸の歌舞伎は三座を中心に多彩な発展を遂げていく。

 

浮絵江戸堺町芝居之図、礫川亭永理/画、寛政10年(1798)11月

 

吉原

江戸の都市開発が進むなかで各地に遊女屋が増加したことに伴い、慶長17年(1612)に庄司甚右衛門がこれらを1カ所に集めた遊女町の建設を幕府に願い出た。元和3年(1617)にこの願いが認められ、江戸幕府公許の遊廓「吉原」が成立した。

四方に堀をめぐらせ出入口を大門1カ所に限った廓内は5つに区画され、五丁町とも呼ばれた。現在の日本橋人形町近辺にあったが、明暦3年(1657) の大火後に浅草北部へ移転、元の吉原と区別するために新吉原とも呼ばれた。

 

青楼座敷之図、歌川豊国/画、江戸後期

青楼二階之図、歌川国貞/画、文化10年(1813)

『吉原恋の道引』、菱川師宣/画、延宝6年(1678)刊

吉原風俗図屏風、菱川派/画、元禄年間(1688~1704)頃

 

 第3節 江戸絵

市川鰕蔵の竹村定之進、東洲斎写楽/画、寛政6年(1794)

四世松本幸四郎の肴屋五郎兵衛、東洲斎写楽/画、寛政6年(1794)

 

冨嶽三十六景 凱風快晴、神奈川沖浪裏、山下白雨、葛飾北斎/画、西村屋与八/版、天保

2–5年(1831–34)頃

 

高島おひさ、喜多川歌麿/画、寛政5年(1793)頃

 「寛政の三美人」の一人

 

歌撰恋之部 物思恋、喜多川歌麿/画、寛政5年(1793)頃

 

 

第3章 火事と喧嘩は江戸の華——武家火消と町火消

 第1節 江戸と火事

火事図巻、伝長谷川雪堤/模、文政9年(1826)

 江戸三大大火の一つに数えられる明和9年(1772)の目黒行人坂火事(明和の江戸大火)を描いたとみられる絵巻。

 

 第2節 武家火消の絢爛

白羅紗地桐紋入火事装束 兜頭巾、江戸末期~明治初期

立烏帽子形火事頭巾 鶏文様繍、江戸後期~明治期頃

立烏帽子形火事頭巾 緋羅紗地波涛に竜文様繍鷹取瓜紋付、江戸後期

 

 第3節 町火消の勇み

町火消装束 一番組い組、江戸末期~明治期

刺子長半纏 龍虎図、江戸末期

江戸花夜の賑、歌川芳艶/画、海老屋林之助、万延元年(1860)

 

みみづく、歌川国芳/画、江戸後期

しんよし原大なまづゆらひ、安政2年(1855)頃

 

 

第4章 類を以て集まる——交遊と創作

 1 太田南畝と狂歌ブーム

狂歌とは、五・七・五・七・七からなる、滑稽や機知に富む言葉を盛り込んだ短歌を指す。太田南畝は狂歌ブームを牽引した一人。

 

『絵本纐纈染』、歌川豊国/画、寛政6年(1794)刊

初鰹・蝦図、窪俊満/画、大田南畝ほか/賛、文化5年~11年(1808~14)

 

 2 平賀源内と蘭学熱

『解体新書』序・図、ヨハン・アダム・クルムス/原著、杉田玄白・前野良沢・中川淳庵・桂川甫周ほか/訳、須原屋市兵衛/梓、安永3年(1774)刊

 オランダからもたらされた人体解剖書の翻訳書。ドイツの医学教師クルムスの「解剖図表』のオランダ語訳、1734年版を原書とする。杉田玄白はこれを「ターヘル・アナトミア」と呼んだ。

 

『蘭学事始』、杉田玄白/著、杉田廉卿/序、文化12年(1815)成立、明治2年(1869)刊

 蘭学を創始した事情とその発展をまとめた杉田玄白の回想録。

 

阿蘭陀風説書、ヘイスベルト・へンミー/著、石橋助左衛門・名村多吉郎/訳、寛政9年(1797)、重要文化財

 現存する唯一のオランダ風説書の原本。

 

ヨンストン動物図説(オランダ語訳)、ヨハネス・ヨンストン/著、フランクフルト・シッパー/版、1660年刊

 ポーランドの博物学者ヨハネス・ヨンストンの動物図説は、哺乳類・爬虫類・魚類・鳥類・昆虫など多様な動物が分類して収録された、250枚以上の精密な銅版画図版を含む動物百科事典。

 本書のオランダでの刊行からわずか3年後の寛文3年 (1633) にオランダ商館長から江戸幕府に献上された。ヨーロッパの最先端の学術書がほぼ同時期に日本にもたらされたことになるが、幕府の文庫に長らく保管されたままとなった。

 平賀源内は家財を売り払って、50〜60両もの大金で本書を購入したと伝えられる。

 

『物類品隲』巻之五・六、平賀源内/著、宝暦13年(1763)7月

 平賀源内は本草学の師である田村藍水とともに、江戸で最初の物産会を開いた。これは諸国の薬草や動植物、鉱物などの産物を集めて展示するもので、薬品会ともいわれた。

 本書はその翌年に、出品物のなかから360種を選んで分類して解説を付し、さらに36種の珍品について図示したもの。

 

ドドネウス本草書(オランダ語訳)、レンベルトゥス・ドドネウス/著、アントワープ・プランタン社/版、1644年刊

 植物の形態・効能・利用法を体系的にまとめ、2,000に及ぶ精密な植物図を掲載した植物学書。ヨーロッパでは医学や博物学の重要な文献として広く利用され、万治2年(1659)にオランダ商館長から第4代将軍・徳川家綱に献上された。しかし江戸幕府はその価値を見出せず、蘭学興隆の気運が訪れるまでのおよそ80年間、本書は幕府の文庫で眠っていた。

 源内は明和2年(1765)、オランダ商館長の江戸参府の折、長崎通詞を介してオランダから新たに持ちこまれた本書を入手したとされる。

 

金唐革一つ提げたばこ入れ、江戸後期~末期

平賀源内書簡、平賀源内/筆、安永4~8年(1775~79)頃

 

 3 酒井抱一と画塾「雨華庵」

「雨華庵」額、酒井忠実/書、文化14年(1817)

蔓梅擬目白蒔絵軸盆、原羊遊斎/蒔絵、酒井抱一/下絵、文政4年(1821)、重要文化財

蔓梅擬目白蒔絵軸盆 下絵、酒井抱一/画、文政3年(1820)、重要文化財

 

月に秋草図・鶉図・流水図衣桁、酒井抱一・鈴木其一/画、江戸時代後期

 酒井抱一と弟子の鈴木其一による絵画がはめ込まれた衣桁。

 

君山君積宛酒井抱一書簡、酒井抱一/筆、文化12年(1815)5月10日

 

 4 曲亭馬琴とベストセラー

寛政期から文化・文政期にかけて、軽妙な黄表紙や洒落本に代わり、挿絵をともなう長編物語である読本が多くの読者を獲得した。その読本ブームの中心人物が、曲亭馬琴である。

 

『椿説弓張月』、曲亭馬琴/著、葛飾北斎/画、文化4~8年(1807~11)

 物語を曲亭馬琴が、挿絵を葛飾北斎が手がけた読本。

 

『南総里見八犬伝』、曲亭馬琴/著、柳川重信ほか/画、文化11~天保13年(1814~42)

 全98巻106冊という長編で、28年もの歳月をかけて完結にこぎつけた。

 

讃岐院眷属をして為朝をすくふ図、歌川国芳/画、嘉永4年(1851)

 

映像の部屋

 

 

終章 花のお江戸に及ばんや

神田明神祭礼図巻 第一巻、横山窓/写、江戸時代後期

 祭礼行列は江戸城内まで入ることができ、時には将軍の上覧に供されたことから「天下祭」とも呼ばれた。

 

東都名所 高輪二十六夜待遊興之図、歌川広重/画、天保3~13年(1832~42)頃

東都両国ばし夏景色、橋本貞秀/画、安政6年(1859)

 

今回も常設展は見れなかった。

 

 

今週は東京建築祭2026が開催中だが、今年は行けなさそう。

 

昨年は、三越劇場、三田演説館・明治生命館・三井本館・日証館・共立講堂、「タイムリープクルーズ ― 水辺から見る建築の変遷 ―」など結構見れた。

百万石!加賀前田家(東京国立博物館)

東京国立博物館

東京国立博物館 - Tokyo National Museum

 

前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」

作品リスト

https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kagamaedake2026/img/maeda_listJ.pdf

 

16代・前田利為が前田家伝来の文化財の保全のために1926年(大正15年)に育徳財団(現在の前田育徳会)を設立してから、2026年(令和8年)で創立百周年を迎える。

公益財団法人前田育徳会 | 前田育徳会は、加賀前田家および前田侯爵家が収集した文化財を保存公開する公益財団法人です。

第1会場

第1章 加賀前田家歴代

金小札白糸素懸威胴丸具足、前田利家所用、安土桃山時代・16世紀、重要文化財

 加賀前田家の初代・前田利家が、1584年(天正12年)の佐々成政との合戦(末森城の戦い)で着用したと伝わる甲冑

 

陣羽織 淡茶縬地菊鍾馗図、前田利家所用、安土桃山時代・16世紀、重要文化財

前田利家画像、江戸時代・慶長10年(1605)

 

続いて、展示室ケース一面に、2代・利長から14代・慶寧までの歴代当主が着用した甲冑が展示されている。これらは製作年代が明確で、製作当初の状態を保持している。

 

銀箔押鯰尾形兜「鯰之尾御兜」、前田利長所用、江戸時代・17世紀

 鯰は地震を起こすという俗信から、人心を揺るがす武勇を発揮するための縁起担ぎとして選ばれた。

 

幟 白練緯刺し子地鍾馗図、前田利家所用、安土桃山時代・16世紀、重要文化財

 

陣羽織 黒羅紗地日輪波模様、前田綱紀所用、江戸時代・17世紀

 日の丸と波のデザインの陣羽織

 

陣羽織 黒羅紗地猪目模様、前田綱紀所用、江戸時代・17世紀

 黒地に赤で猪目?模様、もはや現代アートのよう。

 

陣羽織 白羅紗地日輪牡丹獅子模様、前田宗辰所用、江戸時代・18世紀

陣羽織 白羅紗地帆船模様、前田重凞所用、江戸時代・18世紀

 

加賀藩主甲冑並藩軍装図録、江戸時代・18~19世紀

 前田家歴代当主や家臣団の軍装の図画帖。

 

第2章 百万石の文化大名

荏柄天神縁起、鎌倉時代・元応元年(1319)、重要文化財

 前田家は平氏、豊臣氏、源氏という姓を経て、3代・利常の頃に正式に菅原姓を名乗るようになり、5代・綱紀の頃には剣梅鉢紋を定紋とする。

 

賢愚経残巻(大聖武)、伝聖武天皇筆、奈良時代・8世紀、国宝

 聖武天皇筆と伝わる奈良時代の写経の名品。

 

法性寺殿御集、平安時代・寿永2年(1183)、重要文化財

紺紙金字法華経 巻四・(付属)経ヶ嶋蒔絵経箱、平清盛・平頼盛筆、平安時代・承安元年(1171)・箱:江戸時代・17世紀、重要文化財

 

古今和歌集 巻十九残巻(高野切)、平安時代・11世紀、国宝

元永本古今和歌集、平安時代・12世紀、国宝

古今和歌集(清輔本)、伝藤原清輔筆、平安時代・12世紀、国宝

古今和歌集(清輔本)・(付属)竹垣秋草図蒔絵歌書箱、(箱)伝五十嵐道甫作、鎌倉時代・13世紀・箱:江戸時代・17世紀、重要文化財

 

広田社二十九番歌合・(付属)楼閣山水蒔絵箱、藤原俊成筆、平安時代・承安2年(1172)・箱:江戸時代・17世紀、国宝

賀陽院歌合、平安時代・11世紀、重要文化財

祭礼草紙、室町時代・16世紀、重要文化財

一遍聖絵、南北朝時代・14世紀、重要文化財

 

八橋図茶箱、江戸時代・17世紀

 この螺鈿?の光り具合は好きだった。

 

秋野蒔絵硯箱、江戸時代・17世紀、重要文化財

 甲冑など武具の製作や修理にあたった工房「御細工所」が太平の世の到来で技術の衰退が懸念された。そこで3代・利常は加賀の御細工所で調度品を製作するため、様々な分野の職人を招いて技術の継承に努めた。

 

扇流蒔絵手箱、室町時代・16世紀、重要文化財

 

入道右大臣集、藤原定家補写、平安時代・12世紀、国宝

兼好家集稿本・(付属)秋草蒔絵箱、兼好筆、南北朝時代・14世紀・箱:江戸時代・17世紀、重要文化財

古筆手鑑、奈良~江戸時代・8~17世紀、重要文化財

 

土佐日記・(付属)屛風蒔絵箱、藤原定家筆、鎌倉時代・文暦2年(1235)・箱:江戸時代・17世紀、国宝

 藤原定家が紀貫之の自筆本を写したと伝わる。

 

枕草子・(付属)雲形蒔絵箱、鎌倉時代・13世紀・箱:江戸時代・17世紀、重要文化財

源氏物語 柏木、藤原定家等筆、鎌倉時代・13世紀、重要文化財

 

四季花鳥図屛風、伝雪舟等楊筆、室町時代・15~16世紀、重要文化財

達磨渡江図、狩野探幽筆、江戸時代・17世紀

 

アエネアス物語図毛綴壁掛、ニカシウス・アエルツ作、ベルギー・16~17世紀、重要文化財

 ブリュッセルで織られたタペストリー。祇園祭の山鉾を飾る懸装品にも似たものがある。3代・利常はデルフト焼を発注したこともある。

 

第3章 加賀前田家の武と茶の湯

朱漆雲龍蒔絵大小 刀(切付銘)光忠上・脇指 無銘、伝前田利家所用、刀装:安土桃山時代・16 世紀、刀:南北朝時代・14世紀、脇指:室町時代・15世紀、重要文化財

 

短刀 銘 吉光(名物 前田藤四郎)、粟田口吉光、鎌倉時代・13世紀、重要文化財

刀 無銘 正宗(名物 太郎作正宗)、相州正宗、鎌倉時代・14世紀、国宝

刀 無銘 義弘(名物 富田江)、江義弘、鎌倉~南北朝時代・14世紀、国宝

 

太刀 銘 光世作(名物 大典太)、茶皺韋包糸巻太刀、三池光世、刀身:平安時代・12世紀、刀装:江戸時代・17世紀、国宝

 天下五剣の一つ。足利将軍家の伝来品で、豊臣秀吉から前田利家が譲り受けた。鎺(はばき)に鳥がいた。

 

薙刀 無銘(小鍛冶眉尖刀) 黒漆鞘、刀身:南北朝~室町時代・14~15世紀、刀装:江戸時代・17世紀

小太刀 無銘(小鍛冶脇指)、鎌倉時代・13~14世紀

 前田家で大切な宝のことを御重器(ごじゅうき)と呼ぶ。前田家を守る刀剣として御重器に数えられた三振が、小鍛冶眉尖刀、小鍛冶脇指、大典太で、展覧会で三振が揃うのは初。

 

短刀 銘?、保昌貞吉、鎌倉時代・文保元年(1317)、重要文化財

短刀 銘 左安吉(名物 一柳安吉)、左安吉、南北朝時代・14世紀、重要文化財

牡丹獅子造小さ刀、(金具)後藤祐乗、金具:室町時代・15世紀、刀装:江戸時代・17世紀、重要文化財

 

後藤家歴代装剣小道具

俱利伽羅龍図三所物(号 秋田龍)、後藤祐乗、室町時代・15世紀

水烏図二所物(号 濡烏)、後藤祐乗、室町時代・15世紀

 多くは3代・利常が集めたもの。利常は後藤家の者を召し抱え、金沢の金工の発展に尽力した。

 

第2会場へ

 

大名物 唐物茄子茶入 銘 富士 附 茶杓、(茶杓)千利休作、茶入:中国 南宋時代・13世紀、茶杓:安土桃山時代・16世紀、重要文化財

 足利将軍家から織田信長を経て豊臣秀吉へ伝わり、慶長2年(1597)に前田利家へと下賜された。

 

大名物 小倉色紙「うかりける」、藤原定家筆、鎌倉時代・13世紀

 

十五首和歌、藤原定家筆、鎌倉時代・13世紀、重要文化財

 初代・利家と2代・利長は茶の湯を千利休に学び、3代・利常は小堀遠州を師と仰いだ。小堀遠州は幕府で作事奉行を務め、庭を含む建築の専門家であるとともに、利休と古田織部に学んだ茶人。利常の茶道具収集にも遠州が関わり、この十五首和歌も利常のときに遠州を介して前田家が手に入れた。

 

山門疏(勧縁疏)、無準師範署判、中国 南宋時代・13世紀、国宝

四睡図、黙庵霊淵筆・祥符紹密賛、鎌倉~南北朝時代・14世紀、重要文化財

 

大名物 耀変天目、中国 南宋時代・12~13世紀

 宇宙のような美しさは無かった。

 

大名物 尼ケ崎台、中国 南宋時代・13世紀

大名物 大講堂釜、室町時代・16世紀

大名物 雲龍釜 附 風炉・五徳、辻与次郎作、安土桃山時代・16世紀

 

大名物 古瀬戸肩衝茶入 山名肩衝、安土桃山時代・16世紀

大名物 古瀬戸肩衝茶入 銘 浅茅、室町時代・15~16世紀

大名物 唐物肩衝茶入、宗半肩衝、南宋~元時代・13~14世紀

 

赤紫地変わり菱繫に鹿文様錦 有栖川裂、中国 明時代・16~17世紀

色替緞子切継地花宝虫尽文様袱紗、中国 明時代・16世紀

 名物裂とは茶室に飾る掛物の表具や茶入を収める袋、仕覆に使われる由緒ある文様や舶来の貴重な布。3代・利常は名物裂も収集した。

 

第4章 天下の書府

5代・綱紀は書物の収集に力を入れ、生涯で8棟の書庫を満たしたらしい。新井白石は「加賀は天下の書府」と称えた。

 

前田綱紀画像、下村観山筆、明治時代・20世紀

 

可相求書物目録、江戸時代・延宝 7~8 年(1679~80)

 綱紀が家臣に蒐集を命じた書物目録。急ぎの書、すでに所蔵しているが不足している書、特に集めてほしい主題などの項目がたてられている。前田家の組織的な蒐集活動を伝える記録。

 

東寺百合文書 たまかき書状幷備中国新見庄代官、室町時代・15世紀、国宝

東寺百合文書 後奈良天皇女房奉書(ヤ函)、安土桃山時代・天文2年(1533)、国宝

東寺百合文書 旧収納箱 ニ函 ヌ函、江戸時代・貞享2年(1685)、国宝

 東寺百合文書は、東寺に伝来した約2万5千点の古文書群。東寺の寺院組織や荘園経営の記録、公武両政権による祈祷の命令書や仏舎利の授受に関するものなど、13〜16世紀を核とする中世の政治・経済・社会情勢を多角的に伝える。2015年にはユネスコ「世界の記録」に登録された。

 5代・綱紀はただ書物を集めただけでなく、公家や寺院の蔵書を調査し、書き写すこともした。綱紀はこれら文書を東寺から借りて書き写し、返却のときに文書を保存するための漆塗りの桐箱を百箱寄進した。その箱は下地に防虫・防水の効果がある柿渋が塗られている。

東寺百合文書WEB – 京都府立京都学・歴彩館が所蔵している国宝・東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)を紹介しています。

 

桑華字苑・桑華書志・(付属)収納箱、前田綱紀筆、江戸時代・17~18世紀

 綱紀自筆の文字典(桑華字苑)と所蔵本目録(桑華書志)。桑華とは、扶桑(日本)と中華を指し、和漢の情報をあまねく網羅するという意味。

 

黄帝内経太素・明堂、和気種成(明堂)筆、太素:平安~鎌倉時代・12~13世紀、明堂:鎌倉時代・文永元年(1264)、重要文化財

仁和寺御室御物実録、平安時代・天暦4年(950)、国宝

日本書紀、平安時代・11~12世紀、国宝

 

水左記、源俊房筆、承暦巻:平安時代・承暦元年(1077)、永保巻:平安時代・永保元年(1081)、国宝

 源俊房の日記。現存する自筆の日記としては、源俊房の祖父である藤原道長の御堂関白記に次いで古い。

 

北山抄、平安~鎌倉時代・11~13世紀、国宝

西宮記、平安~鎌倉時代・12世紀、重要文化財

小右記、平安~鎌倉時代・12~13 世紀、重要文化財

 

類聚国史、鎌倉時代・13世紀、国宝

三朝宸翰、伏見・花園・後醍醐天皇筆、鎌倉~南北朝時代・13~14世紀、国宝

 

宝積経要品、足利尊氏・直義・夢窓疎石合筆、南北朝時代・康永3年(1344)、国宝

 足利尊氏・足利直義・夢窓疎石が『大宝積経』の主要部分を書写し、高野山金剛三昧院に納めたもの。高野山金剛三昧院の改修費用を5代・綱紀が助けたことにより前田家に贈られた。

 裏面は冷泉為秀や兼好法師など当代一流の政治家や歌人など27人が和歌を記した短冊120枚を継ぎ合わせてあり、これらの歴史的人物の筆跡を今に伝えている。

 

百工比照、江戸時代・17~18世紀、重要文化財

 様々な工芸を比べて照らし合わせるために、5代・綱紀が集めた実物資料および技術見本集。綱紀は網羅的に収集し、分類し、全10箱に約2,000点ある。

 綱紀は書物の収集や百工比照の計画、事業の担当者を記した屏風を自分の部屋に置いていたらしい。

 

蒔絵梨子地塗色之類、色漆之類などすごく綺麗。

双寿帯鳥釘隠、鳥籠釘隠、花籠釘隠など、こんな釘隠し見たことない!

 

能面 悪尉(淡吹)、「ヤマト/ヒカヰモト/七郎作」陰刻、室町時代・15~16世紀

加賀宝生(能楽の宝生流)は綱紀が礎を築いた。

 

松唐草葵紋散蒔絵婚礼調度、溶姫所用、江戸時代・19世紀

 1827年(文政10年)に前田家13代・斉泰に11代将軍・徳川家斉の娘である溶姫が輿入れした。本郷の前田邸の敷地内に溶姫のために建てられた御殿の門は、現在の東大の赤門。

 13代・斉泰は母の隠居所として成巽閣を建立した。

 

第5章 侯爵前田家のコレクション

栄花物語目録(金沢文庫本)、伝藤原良経筆、鎌倉時代・12~13世紀、重要文化財

金梨子地鶴丸文蒔絵螺鈿金装飾剣 附 平緒、平安時代・12世紀、重要文化財

 

前田利為日記、前田利為筆、明治34~昭和17年(1901~42)

 前田利為が42年間にわたって綴った全50冊の日記。

 

前田利為画像、フェルディナン・ウンベール筆、フランス・1922年

 16代・利為は1923年(大正12年)に関東大震災で多数の文化財が焼失するのを目にし、1926年(大正15年)に前田家の所蔵品を守り伝えるための育徳財団(現在の前田育徳会)を設立した。

 

馬郎婦観音像、伝李公麟筆、中国 元時代・13~14世紀、重要文化財

 

手鑑「野辺のみどり」、平安~鎌倉時代・9~13世紀、重要文化財

武家手鑑、平安~江戸時代・12~17世紀、重要文化財

臨幸画巻、(絵)下村観山筆・(詞)幸田露伴作・尾上柴舟筆、昭和6年(1931)

 

秋景、横山大観筆、大正15年(1926)以前

南支風色、竹内栖鳳筆、大正15年(1926)

 

映像「加賀前田家 近代の文化事業」(約3分30秒)

 

ここから撮影可能

 

シロクマ、フランソワ・ポンポン作、フランス・1930年

 16代・利為がパリの美術館で見て気に入り、ポンポンのアトリエを訪れて直接注文した。オルセー美術館で大きいものを見た。

バン、フランソワ・ポンポン作、フランス・1930年

ラフマニノフ楽譜、セルゲイ・ラフマニノフ著、1892年以降

 3代・利常や5代・綱紀は古代や中世の古筆を集め、手鑑(アルバム)を作った。利為はそのヨーロッパ版を目指し、230人の筆跡を集め、7つの分野に分けてアルファベット順に整理した。

バッハ楽譜、ヨハン=セバスティアン・バッハ著、1743~46年

ハイドン書簡、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン著、1780年

トンボ玉、紀元前~20世紀

欧州古銭標本、2~18世紀

庭の隅、ラファエル・コラン筆、フランス・1895年

アネモネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール筆、フランス・19~20世紀

婦女弾琴図、エドモン=フランソワ・アマン=ジャン筆、フランス・1922年

加賀藩史料、前田家編輯部(藩末篇)前田育徳会刊、昭和4~18年・33年(1929~43・58)

公益法人育徳財団設立許可書、大正15年(1926)2月26日

旧前田家本邸洋館・大客室の壁紙が復元されていた。

オーディオガイドの最後は19代当主・前田利宜さんからのメッセージだった。

河口湖・山中湖2 富岳風穴・鳴沢氷穴

1泊2日の河口湖・山中湖旅行、2日目。

 

10時10分にホテル発の送迎バスで旭日丘(山中湖ターミナル)へ。

 

遊覧船「白鳥の湖」ではなく、スワンボートに乗る。

山中湖の白鳥の湖 | 山中湖遊覧船

 

昼食は和十郎で、地鶏ほうとう。

山中湖の郷土料理 和十郎

 

甲州ほうとう小作は混んでいた。

甲州ほうとう 小作

 

13時15分に一之橋発のバスで約45分、14時00分に河口湖駅に到着。830円。

14時40分に河口湖駅発のバスで約50分、15時29分に富岳風穴に到着。940円。

ダイヤが乱れていたのでバスの時間は適当。

 

富岳風穴へ。

鳴沢氷穴との共通券を購入。

青木ヶ原樹海に囲まれた富岳風穴は、総延長201m、高さは8.7mにおよぶ横穴で、所要15分の見学コース。

壁の玄武岩質が音を吸収する性質をもっているため、内部は音が反響しない。

中の平均気温は3度のため、昔は天然の冷蔵庫として蚕の卵の貯蔵に使われていた。

鳴沢氷穴 | 富士山の洞窟 天然記念物 富岳風穴・鳴沢氷穴 | 富士山・河口湖 洞窟 観光スポット

 

富岳風穴から徒歩で約20分、鳴沢氷穴へ。

総延長153m、所要15分の見学コース。

15分もかからなかった印象。

富岳風穴 | 富士山の洞窟 天然記念物 富岳風穴・鳴沢氷穴 | 富士山・河口湖 洞窟 観光スポット

 

氷穴内にある地獄穴は竪穴で、どこまで続いているのか確かめらないらしい。

伝説によると、江ノ島の洞穴まで続いているといわれる。

確かに江の島岩屋でも第一岩屋は富士山の氷穴に通じているといわれた。

江の島岩屋 | 観光スポット-江の島 | 藤沢市観光公式ホームページ

 

16時59分に富岳風穴発のバスで約45分、17時45分に河口湖駅に到着。810円。

ダイヤが乱れていたのでバスの時間は適当。

 

富士山・富士五湖パスポート(3,300円)のお得度を確認。

富士山・富士五湖パスポート | 富士山に一番近い鉄道 富士急行線 富士山麓電気鉄道株式会社

昨日

音楽と森の美術館・ほとりのホテルBan→河口湖駅、440円

河口湖駅→忍野八海、620円

忍野八海→石割の湯、710円

今日

一之橋→河口湖駅、830円

河口湖駅→富岳風穴、940円

富岳風穴→河口湖駅、810円

合計4,350円

パスポートは3,300円だったので、約1,000円得をした。

音楽と森の美術館やホテルの無料送迎を使わない場合は更にお得になる。

 

富士山パノラマロープウェイが2026年5月11日〜7月15日(予定)の間、施設改修工事のため長期運休中だったのが残念だった。

~河口湖~ 富士山パノラマロープウェイ

 

18時20分に河口湖駅発のバスで帰る。

 

 

2026年5月16日~5月17日 河口湖・山中湖旅行

河口湖・山中湖1 河口湖音楽と森の美術館・忍野八海

1泊2日の河口湖・山中湖旅行、1日目。

 

9時30分に河口湖駅に到着。

富士山・富士五湖パスポート(3,300円)を購入。
富士山・富士五湖エリアの路線バスや周遊バス、富士急行線で利用可能な2日間フリー乗車券。

富士山・富士五湖パスポート | 富士山に一番近い鉄道 富士急行線 富士山麓電気鉄道株式会社

 

9時50分に河口湖駅発の無料送迎バスで、河口湖音楽と森の美術館へ。

 

河口湖音楽と森の美術館

河口湖の観光なら音楽と花のテーマパーク【河口湖 音楽と森の美術館(旧:河口湖オルゴールの森美術館)】

 

特別企画「美術館浴×TITANIC ~心躍る大航海へ~」が開催中。

 

庭園ではバラが咲いていた。

 

10時15分、コンサートホール、自動演奏楽器 (約15分間)

 

10時45分、オルガンホール、ダンスオルガン(約10分間)

 

このダンスオルガンには、フルートやトランペット、ヴァイオリン等の音色を醸し出す約800本のパイプと、大小ドラム、シンバル、ベル、鉄琴等が組み込まれており、数十名編成の管弦楽団に匹敵する見事な演奏を奏でる。主にスケートリンクやダンスホール等に設置されたのでダンスオルガンと呼ばれる。

世界最大規模のこのオルガンのファサード (前面)の大きさは幅13メートル、高さ5メートルある。この建物は同オルガンの為に特別にデザインされており、奥行き20メートル側面に取り付けられた人形43体が音楽に合わせて動き、人形の間にはフランス各地の風景が描かれる。

 

11時00分、カリヨン広場 噴水ショー

 

11時15分、コンサートホール、タイタニック(約25分間)

タイタニック号に当搭載が予定されていたとされる自動演奏楽器の音色を聞けた。

 

昼食は森のレストランで、牛ほほ肉のビーフシチューと富士山麓もみじ卵のオムライスを食べる。

 

12時05分、森のレストラン ランチコンサート

 

13時00分、カリヨン広場 噴水ショー

 

13時15分、オルガンホール、サンドアート(約20分間)

サンドアートは初めて見たが、素晴らしかった。笠貫彬文さんという方だった。

 

流政之「波除獅子」

 

 

14時34分に音楽と森の美術館・ほとりのホテルBan発のバスで約20分、14時54分に河口湖駅に到着。440円。

15時20分に河口湖駅発のバスで約25分、15時43分に忍野八海に到着。620円。

ダイヤが乱れていたのでバスの時間は適当。

 

 

忍野八海

富士山に降り積もる雪解け水が、地下の不透水層という溶岩の間で数十年の歳月をかけてろ過され、澄み切った水となってできた湧水池。

1934年(昭和9年)に国の天然記念物に指定され、1985年(昭和60年)に環境庁から全国名水百選に選定された。

2013年に世界文化遺産「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として登録された。

 

忍野八海では8つの池を巡る。

3番 底抜(そこなし)池、ここだけ有料(300円)

4番 銚子池

2番 お釜池

5番 湧池(わくいけ)

7番 鏡池

8番 菖蒲池

 

6番 濁池(にごりいけ)

ここは最初わからず、通り過ぎてしまった。

 

全体的に藻?草?が多かった印象で、鏡池も富士山は映らなかった。

 

忍野八海には、8つには含まれない、青くキレイで湧き水を無料で飲める池がある。

以前に観光案内所の方から聞いたが、世界遺産の池の地下水から涌き出るよう人工的に作られた池で、そこには土産屋を通らないと行けないように作られている。

商才豊かであることは間違い無いが考えさせられる。

 

最後に残した1番の出口池は徒歩で15分くらい離れた場所にあるので迷っていたが、忍野村観光案内所で聞くと是非行くべきだと。

1番の出口池は北極星を、2~8番の池は北斗七星を表しているらしい。

出口池には他に人はいなかったが、神社があった。

 

17時44分に忍野八海発のバスで約40分、18時23分に石割の湯に到着。710円。

 

今日のホテルは、富士マリオットホテル山中湖。

スーペリアルーム キング41.2㎡。

富士山に近い山梨県山中湖のホテル | 富士マリオットホテル山中湖 公式WEBサイト

 

 

2026年5月16日~5月17日 河口湖・山中湖旅行

「マックス・トゥーレ:知られざるポスト印象派の画家」「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」

丸紅ギャラリーへ。

丸紅は、1858年の創業時から繊維に関わるビジネスを通じて日本の美を追求・保全し、さらに世界へ活動の場を広げる中で、西欧の美を日本に紹介する役割も果たした。

ジャポニスムにつながる近世の衣装や、日本の近代絵画に影響を与えた西欧の作家の作品を含む丸紅コレクションには、日本と欧州の文化的な交流を見て取ることができる。

これを丸紅コレクションの価値と位置付け、丸紅ギャラリーは「古今東西の美が共鳴する空間」をコンセプトとしている。

Marubeni Gallery 丸紅ギャラリー

 

丸紅株式会社の社是『正・新・和』

経営理念・丸紅グループの在り姿 | 会社情報 | 丸紅株式会社

 

企画展「マックス・トゥーレ:知られざるポスト印象派の画家」

 

日本で初めてのマックス・トゥーレの個展。エンジニアとしてのキャリアも輝かしいものがあるようで、生存中に1点も売ることはなく、楽しみのために絵を描くことに専念する人生を送ったらしい。

 

「マックス・トゥーレと同世代の画家たち」

マックス・トゥーレと同世代の日本の画家たちに、20世紀初頭にフランスに留学した藤島武二や岡田三郎助をはじめ和田英作、山下新太郎、児島虎次郎、川島理一郎、安井曾太郎、梅原龍三郎などがいる。彼らは外光派のラファエル・コランや印象派のピエール=オーギュスト・ルノワール、クロード・モネ、ポスト印象派のポール・セザンヌやアンリ・マティスらから西欧の油彩画を学び、独自の画法を探求した。

 

ギュスターヴ・ロワゾー《サン・ジュアンの断崖》

アルベール・ルブール《小川のほとりの木立》

藤島武二《浜辺》

山下新太郎《朝陽の顔》

岡田三郎助《沼のほとり》

和田英作《彦根内湖》

森田恒友《ブドウ》

近藤光紀《津山市郊外》

 

1水辺の風景

《オンフルール港》

《セーヌ河畔》

《オンフルール、ビュタンの浜辺》

 

2田園風景

《牧草地の牛》

 

3家屋のある路地風景

《コードベック・アン・コーのアンリIV世ホテル》

《貯蔵室の小ネズミとクモの巣》

《コードベック・アン・コー》

 

4人物画とヌード

《自画像》

《セーヌを望むヴィラ・マルトゥルネで針仕事をする女》

1900年のパリ万国博覧会に出品された黒田清輝の《湖畔》や《読書》に似ているようにも見える。1900年の万博で米国企業の代理人を務めたマックスは万博で黒田の絵を見たかもしれない。

 

5歴史的シーン

《ムーア様式の宮殿で日本使節団を迎えるカルルV世》

慶長遣欧使節がスペイン王に謁見したのは1615年で、カルルⅤ世ではなくフェリペⅢ世の時代のため、本作は画家の想像によるもの。

 

6静物画

《浮世絵のある静物》

《日本の大壺がある静物》

 

丸紅ギャラリーでは、前回は2025年3月27日に「ボッティチェリ 美しきシモネッタ」を見た。

 

約30分歩く。

途中、将門塚を通り過ぎる。

 

 

三菱一号館美術館

新しい私に出会う、三菱一号館美術館

三菱一号館美術館の赤煉瓦の建物は、三菱が1894年(明治27年)に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元したもの。三菱一号館は三菱が丸の内に建設した初めての洋風事務所建築で、19世紀後半の英国で流行したクイーン・アン様式が用いられていた。

 

老朽化のために1968年(昭和43年)に解体されたものを、当時の製造方法や素材まで忠実に復元し、2009年4月30日に竣工。2010年4 月6 日に三菱一号館美術館が開館。

設備入替および建物メンテナンスのため、2023 年4 月10 日から⾧期休館していたが、2024 年11 月23日(土)に再開館。

 

コレクションは、建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心に、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、オディロン・ルドン、フェリックス・ヴァロットン等の作品を収蔵している。

 

館内には、三菱一号館の復元の経緯や丸の内の歴史を伝える「歴史資料室」や「三菱センターデジタルギャラリー」を併設。運営は三菱地所(株)。

三菱センターデジタルギャラリーは、静嘉堂文庫・静嘉堂文庫美術館と東洋文庫に収蔵されている三菱ゆかりの貴重な名品を高精細デジタル画像で収録し、公開している。

 

トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで

新版画とは、明治末期に衰退しつつあった浮世絵を復興し、その近代化を図る動向のこと。

月岡芳年らと並び最後の浮世絵師の一人と呼ばれる小林清親は1876年(明治9年)に『東京名所図』を描き始めた。本展覧会は小林清親から吉田博・川瀬巴水らに至る風景版画の流れを、スミソニアン国立アジア美術館のミュラー・コレクションによって辿る。

そして、日本の近代化の過程における木版画の発展と、写真技術が伝統的な木版印刷業に与えた影響を探る。

 

スミソニアン国立アジア美術館

 

作品リスト

https://mimt.jp/wp-content/uploads/2026/02/Shin_hanga_List.pdf

 

エレベーターで3階へ

 

第1部 小林清親と浮世絵

第1章 開化絵

歌川よし藤(芳藤)、東京府通町ヨリ呉服橋之遠景、明治元年

井上探景(安治)、東京名所吾妻橋改良之真景、明治20年

 

第2章 小林清親

東京新大橋雨中図、明治9年

江戸橋夕暮冨士、明治12年

帝国議事堂炎上之図、明治24年

高輪牛町朧月景、明治12年

 

ここから第3章の終わりまで撮影可能な展示室

フェリーチェ・ベアト、渡し舟、慶応3–明治元年

不忍池畔雨中、明治13年頃

アドルフォ・ファルサーリ、人力車に乗る女性たち、明治13–23年頃

大川岸一之橋遠景、明治13年

 

両国花火之図、明治13年

今戸夏月、明治14年

作者不詳、花嫁、1880年代頃

新橋ステンション、明治14年

日本橋夜、明治14年

浅草夜見世、明治14年

フェリーチェ・ベアト、店先の眺め、1880年代頃

 

歌川広重、名所江戸百景 日本橋江戸ばし、安政4年

日下部金兵衛、別当(馬丁)、明治18年頃

作者不詳、屋台のそば屋、1880年代頃

武蔵百景之内 江戸ばしより日本橋の景、明治17年

武蔵百景之内 両国花火、明治17年

武蔵百景之内 深かわ木場、明治17年

 

第3章 井上安治と小倉柳村

井上安治、東京真画名所図解 柳橋夜雨、明治14–22年

井上安治、銀座商店夜景、明治15年

作者不詳、瀬戸物屋、1880年代頃

作者不詳、古着屋、1880年代頃

井上安治、浅草橋夕景、明治13年

 

東京真画名所図解 鹿鳴館、明治16–22年

ライムント・フォン・シュティルフリート、函館港、明治5年

皇城二重橋、明治29年

 

撮影可能な展示室終わり

 

第2部 風景版画の展開

第4章 チャールズ・ウィリアム・バートレット

チャールズ・W・バートレット、根岸、大正5年

作者不詳、嵐山、渡月橋、1880年代頃

チャールズ・W・バートレット、岩淵、大正5年

日下部金兵衛、東海道、沼川からの富士山、安政7–明治33年

チャールズ・W・バートレット、神戸、大正5年

 

第5章 高橋松亭(弘明)

蛍狩り、明治42–大正12年

都南八景之内 羽根田、大正10年

雪月花 徳持、大正11年

伊豆稲取、大正15年

 

第6章 伊東深水

近江八景 石山寺、大正6年

近江八景 堅田浮御堂、大正7年

 

階段で2階へ下りる。

 

第7章 吉田博

瀬戸内海集 帆船 朝、大正15年

瀬戸内海集 帆船 午後、大正15年

瀬戸内海集 帆船 夕、大正15年

同じ板木を用い、時間に応じて背景と摺りを変えて、朝、夜、午前、午後、霧、夕の6点が製作された。

 

第8章 川瀬巴水

塩原畑下り、大正7年

旅みやげ第一集 秋の越路、大正9年

旅みやげ第一集 塩原雄飛の滝、大正9年

東京十二題 春のあたご山、大正10年

東京十二題 こま形河岸、大正8年

東京十二題 深川上の橋、大正9年

 

春之雪(京之清水)、昭和7年

日下部金兵衛、堀田家の庭園、東京(向島七松園)、1870年代頃

三菱深川別邸の図 池畔客室の雪、大正9年

三菱深川別邸の図 洋館より庭園を望む、大正9年

三菱深川別邸の図 秋の庭、大正9年

 

階段で1階に下りる。

 

小企画展「ジャポニスムの季節Ⅰ――春」

ミントン社、桜椿文カップ&ソーサー、1882年頃

皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館・旧古河庭園

皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館

高精細複製 伊藤若冲《動植綵絵》 狩野永徳《唐獅子図屏風》

東京国立博物館 - 展示・催し物 催し物 ガイドツアー・イベント 皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館

 

国立文化財機構文化財活用センターとキヤノン株式会社による「文化財の高精細複製品の制作と活用に関する共同研究プロジェクト」により伊藤若冲筆 国宝《動植綵絵》(皇居三の丸尚蔵館所蔵)の高精細複製品が制作され、完成記念として東京国立博物館 表慶館で初公開される。

国宝「動植綵絵」の高精細複製品を文化財活用センターと共同で制作 東京国立博物館 表慶館にて一般公開 | キヤノングローバル

 

100年前の1926年(大正15年)10月16日~31日、表慶館(当時は東京帝室博物館)にて、30幅が一堂に展示された史上初の動植綵絵展である、「御物 若冲筆動植綵絵三十幅特別展」が開催された。

今回の展覧会は、大正の「動植綵絵展」から100周年の年に開催される。

 

皇居三の丸尚蔵館

皇居三の丸尚蔵館 The Museum of the Imperial Collections, Sannomaru Shozokan

新施設の建設工事に伴って2025年(令和7年)5月7日から一時休館中。

全面開館は2026年(令和8年)秋の予定で、グランドオープンを記念して、3つの特別展を開催することが決まった。

特別展「皇室の至宝―美いづるところ」

特別展「国宝 動植綵絵 いろどりの世界」

特別展「日本の書の美1300年」

 

伊藤若冲《動植綵絵》江戸時代(18世紀)、国宝

 

後期(5月2日~5月17日)

梅花小禽図

秋塘群雀図

紫陽花双鶏図

 

大鶏雌雄図

芙蓉双鶏図

老松鸚鵡図

南天雄鶏図

 

映像「皇室に伝えられた美」(4分40秒)

 

蓮池遊魚図

雪中錦鶏図

牡丹小禽図

貝甲図

 

老松白鳳図

芦雁図

群魚図(鯛)

葉小禽図

 

狩野永徳《唐獅子図屏風》安土桃山時代(16世紀)、国宝

 

前期(4月17日~5月1日)は残りの以下の作品が展示されていた。

芍薬群蝶図

雪中鴛鴦図

向日葵雄鶏図

梅花皓月図

老松孔雀図

老松白鶏図

芦鵞図

梅花群鶴図

棕櫚雄鶏図

桃花小禽図

群鶏図

薔薇小禽図

池辺群虫図

諸魚図(蛸)

菊花流水図

 

12時27分に上野駅発のJR山手線で約10分、12時36分に駒込駅に到着。

 

東洋文庫ミュージアム「ニッポン再発見-異邦人のまなざし」を見ようと思ったが、火曜日は定休日だったため見れず。

3月30日に一度見て面白かったので再訪したかったが、残念。

 

 

旧古河庭園

元は陸奥宗光の邸宅で、陸奥の次男潤吉が古河家に養子 (古河家2代目当主) になったことで古河家の所有となったが、当時の建物は現存していない。

現在の洋館と洋風庭園はジョサイア・コンドルが設計し、大正6年に竣工した。

大正8年に完成した日本庭園は、七代目植治こと小川治兵衛によるもので、山縣有朋の京都別邸である無鄰菴、平安神宮神苑、円山公園なども作庭した。

2026年は都立庭園として開園してから70周年、国の名勝に指定されてから20周年の年。

旧古河庭園|公園へ行こう!

 

東京・ミュージアム ぐるっとパス2026を使用。

 

4月29日(水)~6月30日(火)の間は「春のバラフェスティバル」で、約100種200株のバラが咲き誇る。

4/29(水・祝)~6/30(火) 「春のバラフェスティバル」開催!!|公園へ行こう!

 

日本庭園には、心字池、泰平型灯籠、枯滝、雪見型灯籠、濡鷺型灯籠、十五層塔、大滝。

 

旧古河邸(大谷美術館)には入らず。

旧古河邸 | 公益財団法人 大谷美術館

 

2024年5月16日にも旧古河庭園のバラフェスティバルに来ていた。

四国近畿11 「若冲にトリハダ!野菜もウリ!」(福田美術館)

10泊11日の四国・近畿旅行、11日目。

 

8時40分に京都駅発のJR山陰本線で約20分、8時58分に嵯峨嵐山駅に到着。

 

福田美術館

京都・嵯峨嵐山 福田美術館 -FUKUDA ART MUSEUM-

若冲にトリハダ!野菜もウリ!

 

約2週間前の4月26日に見たが再度訪問

前回とても良かったので、開館45分前の9時15分から入館することができるプレミアム朝活チケットを購入。

 

作品リスト

https://fukuda-art-museum.jp/wp/wp-content/uploads/2026/04/PDF_20260407_%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88_%E8%8B%A5%E5%86%B2%E3%81%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%8F%E3%83%80-%E9%87%8E%E8%8F%9C%E3%82%82%E3%82%A6%E3%83%AA.pdf

 

展示室1

第1章 伊藤若冲 -創造への飽くなき探究心-

伊藤若冲 画・維明周奎 極書《呂洞賓図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《蕪に双鶏図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《花卉雄鶏図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲《柳に雄鶏図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《柳に鴉図》18世紀 個人蔵

伊藤若冲《大角豆図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《花鳥図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《牡丹図》8世紀 福田美術館

伊藤若冲 画・片山北海 賛《牡丹に蝶図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲《菊図》18世紀 福田美術館

 菊は重なり合う花びらの一枚一枚を丁寧に描く一方で、岩の表現に関しては幅のある黒い線で輪郭を引くのみにとどめ、あえて表面の凹凸などの細部は省略している。

 こだわる対象は細密に描写し、それ以外の部分は簡潔に描くことで、主題をより鮮明に際立たせている。

 

伊藤若冲 画・千代女 賛《玉蜀黍図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲 画・無染浄善 賛《馬図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲 画・無染浄善 賛《普賢菩薩図》18世紀 個人蔵

伊藤若冲 画・大田南畝 賛《芦葉達磨図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《雲中阿弥陀如来像》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲《伏見人形図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《托鉢図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《小槌に宝珠図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲《瓦に鶏図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《芦雁図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《月下芦雁図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲《鳳凰図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《雲龍図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《霊亀図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《双鶴図》安永2年(1773)以降 福田美術館

 

伊藤若冲《柳下双鶏図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《鯉魚図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲《楼閣山水図》18世紀 個人蔵

 

伊藤若冲 画・藤波季忠 賛《樹石図》18世紀 個人蔵

 詩は「樹木や石は変わることなく永遠に在る」という言葉で不変の美を意味している。

 

伊藤若冲《双鶏図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《仔犬図》18世紀 福田美術館

伊藤若冲《蛇図》18世紀 個人蔵

伊藤若冲 画・伊藤白歳 賛《布袋図》18世紀 個人蔵

伊藤若冲《老松白鶴図》18世紀 福田美術館

 

階段で2階に上がる。

展示室2

第2章 《果蔬図巻》と《菜蟲譜》

池大雅 画・梅荘顕常 賛《菊花図》宝暦8年(1758) 福田美術館

 菊は、蘭や竹、梅と並んで「四君子」と呼ばれ、古くから中国の文人たちに愛された画題。

 

伊藤若冲 画・梅荘顕常 賛《竹図》18世紀 福田美術館

 

伊藤若冲 下絵・梅荘顕常 短辞《乗興舟》明和4年(1767) 福田美術館

 1767年春に若冲が梅荘顕常(大典)と淀川を下り、大坂へ向かった体験を基にした画巻。

 

伊藤若冲《六月四日付藤幸之助宛て書簡》18世紀 福田美術館

 押絵の代金について、「金1匁をいただければありがたい」という旨が記されている。

 

九如館鈍永 編・伊藤若冲ほか 画『興歌野中の水』寛政4年(1792) 個人蔵

聚楽庵 編・伊藤若冲ほか 画『狂歌きゝ徳利』地享和4年(1804) 個人蔵

 

伊藤若冲 画・梅荘顕常 跋《果蔬図巻》寛政2年(1790)以前 福田美術館

 約3メートルの絹本にウド、モモ、ナシ、クワイなど、約50種類の野菜や果物が描枯れる。長年ヨーロッパの個人が所蔵していたが、一昨年日本へ里帰りし、福田コレクションの仲間入りを果たした。

 

伊藤若冲《果蔬涅槃図》寛政4年(1792)以前 個人蔵

 中央に横たわる大きな大根を釈迦に見立て、その周囲を約50種類の果物や野菜が取り囲む。京都国立博物館所蔵にも似た作品がある。

 

伊藤若冲《群鶏図》寛政3年(1791)以前 福田美術館

 

伊藤若冲《三十六歌仙図屏風》寛政7年(1795)以前 福田美術館

伊藤若冲《群鶏図押絵貼屏風》寛政7年(1795)以前 福田美術

 

伊藤若冲《鶏図押絵貼屏風》、寛政7年(1795)以前 福田美術館

 

展示室3

第3章 若冲と同時代の画家たち

与謝蕪村《「いかだしの」自画賛》18世紀 福田美術館

池大雅《墨蘭図》18世紀 福田美術館

曽我蕭白《雲龍図》18世紀 福田美術館

円山応挙《黄蜀葵鵞鳥小禽図》安永2年(1773) 福田美術館

長沢芦雪《鸚哥図》18世紀 福田美術館

 

円山応挙《群犬図》安永2年(1773) 福田美術館

 2匹の成犬と13匹の仔犬が描かれる。

 

長沢芦雪《月夜紅葉図》18世紀 福田美術館

長沢芦雪《唐獅子図》18世紀 福田美術館

呉春《三羅漢図》天明3年(1783) 福田美術館

 

昼食は嵯峨嵐山文華館に併設されている嵐山OMOKAGEテラスで、「くちどけもちこ」の小倉あんバタートーストバニラアイスのせ。

「くちどけもちこ」とは国産もち米を使った、お餅のような食感が楽しめる新感覚のパン。

 

嵯峨嵐山文華館「それいけ! 応挙塾 ー円山応挙とその弟子たちー」も4月26日に見た。(今日は見ず)

https://www.samac.jp/exhibition/detail.php?id=69

 

15時02分に嵯峨嵐山駅発のJR山陰本線で約20分、15時20分に京都駅に到着。

 

京都国立近代美術館と泉屋博古館は行かず。

京都国立近代美術館

京都国立近代美術館 | The National Museum of Modern Art, Kyoto

「モダン都市生活と竹久夢二―川西英コレクション」

モダン都市生活と竹久夢二―川西英コレクション|京都国立近代美術館 | The National Museum of Modern Art, Kyoto

竹久夢二は2024年に生誕 140 年と没後 90 年を迎えた。

出品リスト

https://www.momak.go.jp/wp-content/uploads/2026/03/list_J.pdf

 

泉屋博古館

泉屋博古館 <京都東山・鹿ヶ谷> | SEN-OKU HAKUKOKAN MUSEUM

財団法人 泉屋博古館は、1960年(昭和35年)7月に住友家旧蔵の美術品を保存、公開するために設立された。名称は住友家の江戸時代の屋号「泉屋」と中国・宋時代の青銅器図録「博古図録」に由来。

泉屋博古館東京は2002年(平成14年)に泉屋博古館分館として開館し、2021年(令和3年)に泉屋博古館東京に改称。

特別展「文化財よ、永遠に2026 -次代につなぐ技とひと」

住友財団文化財維持・修復事業助成の成果展示

https://sen-oku.or.jp/program/202604_newlifefortimelessart/

出品リスト

https://sen-oku.or.jp/wp-content/uploads/2026/04/newlifefortimelessart_20260404.pdf

 

18時33分に京都駅発のひかり662号で約2時間、20時38分に小田原に到着予定。

 

 

2026年4月30日~5月10日 四国・近畿旅行

四国近畿10 奈良監獄ミュージアム・奈良国立博物館「神仏の山 吉野・大峯―蔵王権現に捧げた祈りと美―」

10泊11日の四国・近畿旅行、10日目。

 

8時00分に京都駅発の近鉄京都線で約35分、8時34分に近鉄奈良駅に到着。

8時40分に近鉄奈良駅発の奈良交通バスで約5分、8時46分に般若寺に到着。

 

奈良監獄ミュージアム

奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート【公式】|Nara Prison Museum by Hoshino Resorts

1908年(明治41年)に建てられた旧奈良監獄は、明治時代に建てられた五大監獄で唯一全貌が現存する国の重要文化財。2017年3月まで使用されていた。

中央看守所から放射線状に収容棟が並ぶ「ハヴィランド・システム」が用いられている。

前回4月24日に来た時はオープン3日前のため外観を見ただけだった。

 

9時40分から予約をした中央看守所見学。

見張り台は170kgの重量制限のため、同時に乗れるのは2人まで。見学時間は約5分。

 

A棟「歴史と建築」

1重要文化財 旧奈良監獄

奈良監獄再現模型

奈良監獄の設計者の山下啓次郎は、帝国大学工科大学造形学科で辰野金吾に師事した。

 

2近代監獄の夜明け

欧米型の近代監獄制度を導入するために、初代刑法官の小原重哉が監獄則幷監獄則図式を起草した。

これには犯罪行為への制裁としてではなく、囚人の改善更生を通じて再犯を防止し、社会への復帰を促すための制度として刑罰を捉える行刑理念が示され、奈良監獄で採用された「ハヴィランド・システム」もすでに記載されていた。

 

3近代監獄への探求

1895年(明治28年)に妻木頼黄の設計により、巣鴨監獄が完成。その後、「第一期監獄改築計画」をもとに鍛冶橋、金沢、千葉、長崎、鹿児島、奈良の監獄が整備され、鍛冶橋を除く5つは後に「明治五大監獄」と称される。

 

4美しき監獄建築

 

5奈良少年刑務所

奈良監獄は、1946年(昭和21年)から2017年(平成29年)の閉庁を迎えるまで、奈良少年刑務所として受刑者を収容していた。

 

ショートドキュメンタリー「受刑者の、ある一日」

カフェでレンガカレーパンを食べる。

 

旧老舎・ギス監

明治維新以前に奈良町大字芝辻にあった江戸時代の行刑施設、奈良奉行所の牢舎の一部。キリギリスを入れる虫かごに似ていることから 「ギス監」と呼ばれていた。

 

B棟

受刑者の暮らしや刑務所という社会が紹介されている。

 

C棟

かつて奈良監獄の医務所として使われていた棟をギャラリーに改装した。

西尾美也《声を縫う》

花輪和一《刑務所の中》

キュンチョメ《海の中に祈りを溶かす》

風間サチコ《秩序とNEW僕等と》《スクール・ウォーズマン(卒業)》

三田村光土里《過ぎてゆく部屋》

花輪和一《刑務所の前》

 

むすびの部屋、Prison Post

開館の9時00分から12時00分まで約3時間楽しめた。

 

12時20分に般若寺発の奈良交通バスで約7分、12時27分に県庁前に到着。

 

法相宗大本山 興福寺

669年(天智8年)に藤原鎌足が病気を患った際に、夫人の鏡女王が夫の回復を祈願して、山階寺(やましなでら)を造営した。672年の壬申の乱の後、飛鳥に都が戻った際に、山階寺も移され、厩坂寺(うまやさかでら)と名付けられた。

そして、710年(和銅3年)の平城京遷都とともに藤原不比等によって移され、興福寺と名付けられた。藤原氏の氏寺。

https://www.kohfukuji.com/

 

春の北円堂特別開扉が行われている。

https://www.kohfukuji.com/news/1406/

2025年11月13日に東京国立博物館で「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」が良かったので見に来た。

 

北円堂は創建者である藤原不比等の追善のために、一周忌にあたる721年8月に元明・元正天皇が、長屋王に命じて建立させたと伝わる。

1049年、1180年と二度にわたって焼失したが、1210年頃に堂が完成、造像は運慶一門が手がけ、1212年頃には北円堂諸仏が再興された。

現存する興福寺の堂宇の中で最古の建物で、国宝に指定されている。

 

五重塔(国宝)は興福寺の創建者である藤原不比等の娘の光明皇后が730年に創建。

5回の焼失と再建を繰り返し、現在の塔は1426年に建てられた6代目。高さは約50メートルで、現存する国内の木造の五重塔では、東寺の五重塔(国宝、高さ約55メートル)に次いで2番目に高い。

2023年7月から修理中。1900~1901年に行われた修理から約120年ぶりの大規模修理で、完了は2031年3月の予定。

 

 

奈良国立博物館

https://www.narahaku.go.jp/

1895(明治28年)4月29日に開館し、2025(令和7年)で130年を迎えた。

https://www.narahaku.go.jp/130th/

奈良国立博物館開館130年記念誌

https://www.narahaku.go.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/07/narahaku_130th_kinenshi.pdf

2025年11月7日に「第77回正倉院展」に来て以来。

 

「神仏の山 吉野・大峯―蔵王権現に捧げた祈りと美―」

https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/202604_yoshino/

展示品一覧

https://www.narahaku.go.jp/wordpress/wp-content/uploads/2026/03/202604_Yoshino_list_0327-2.pdf

 

吉野から和歌山の熊野へと至る大峯の山々は、山岳修行はじまりの地とされる。とくに吉野から大峯の山上ヶ岳は金を秘める霊山「金峯山」と呼ばれ、平安時代には藤原道長などの貴族や天皇が参詣し、南北朝時代になると後醍醐天皇が山内に政治の拠点を置いた。1594年(文禄3年)には天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が吉野を舞台に盛大な花見を行った。

 

修験道とは、自然に対する畏敬の念に、仏教、道教、陰陽道などが融合して成立した日本独自の宗教。修験の修は苦修練行、験は霊験を得ることを意味し、苦しい修行を乗り越えることによって霊験を得て、衆生を救済し悟りへと導く道といわれる。修験道の修行者は「修験者」あるいは「山伏」と呼ばれ、吉野・大峯は修験道の根本道場とされている。

 

修験道の開祖と仰がれる役行者は『続日本紀』に記載され、大和国(奈良)の葛城山に住んで修行をはじめた。

役行者が大峯にこもって祈願した際に岩中から湧出したと伝わる修験独自の尊像が蔵王権現。役行者がその姿をヤマザクラの木に刻んで山上山下にまつったのが大峯山寺と金峯山寺の始まりとされる。桜は御神木となり、伐採を禁じたとも伝わり、山を訪れる人が桜の木を奉納するようにもなった。

 

藤原家隆「吉野川 岸の山吹 咲きにけり 峰の桜は 散り果てぬらむ」(新古今和歌集)

 

「吉野・大峯」「熊野三山」「高野山」の三つの霊場およびそれらを結ぶ参詣道は、2004年(平成16年)に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録された。

 

第一会場

第1章 伝説の地 吉野 ─役行者と蔵王権現に出会う─

役行者および二鬼像、室町時代(15世紀)、奈良・𠮷水神社

 頭巾をかぶり、高下駄を履き、山伏が持つ錫杖(しゃくじょう)を握る。

 

大峯八大童子立像、南北朝時代(14世紀)、奈良・櫻本坊

 

日本霊異記、平安時代(10世紀)、奈良・興福寺、国宝

 

金銅三昧耶五鈷鈴、平安時代(12世紀)、奈良・金峯山寺、重要文化財

金銅装伧、室町時代(15世紀)、奈良・金峯山寺、重要文化財

 修験者が背負う箱形の容器。

 

如来坐像、飛鳥時代( 7世紀)、奈良・櫻本坊、重要文化財

 吉野・大峯地域に伝わる現存最古最古の仏像

 

男神坐像(伝天武天皇)、平安時代(12世紀)、奈良・竹林院

 

釈教三十六歌仙絵断簡 日蔵上人、南北朝時代(14世紀)、個人蔵

 

十一面観音立像、奈良時代(8世紀)、奈良・世尊寺

 世尊寺は聖徳太子創建と伝わり、日本書紀にも記されている。吉野川の北にあり、飛鳥や奈良、京都から吉野山に向かう入口に位置する。いわば、あの世とこの世を繋ぐ境の地。

 

金剛蔵王立像心木、奈良時代・天平宝字6年(762)、滋賀・石山寺、重要文化財

 

金剛蔵王立像断片、奈良時代・天平宝字6年(762)、滋賀・石山寺、重要文化財

諸観音図像、平安時代(12世紀)、奈良国立博物館、重要文化財

 

北野天神縁起絵巻 中巻、鎌倉時代・永仁6年(1298)、兵庫・津田天満神社、重要文化財

 

鬼神立像、平安時代(10世紀)、京都・北野天満宮、重要文化財

 

映像「蔵王権現の降臨」(約3分)

 

如来坐像(大峯山頂遺跡出土)、平安時代(10~11世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

菩薩坐像(大峯山頂遺跡出土)、平安時代(10~11世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

 

大峯山頂遺跡出土品のうち経軸端・金銅製経帙飾金具・金銅製鈴・飾金具・風鐸・龍頭、平安時代(10~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

瑞花鴛鴦八稜鏡(大峯山頂遺跡出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

蔵王権現鏡像(大峯山頂遺跡出土)、平安時代(12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

宝塔扉(大峯山頂遺跡出土)、平安時代(10~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

線刻蔵王権現鏡像(金峯山経塚出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

 

蔵王権現立像、平安~鎌倉時代(12~13世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

 大峯山寺の秘仏本尊である蔵王権現像が寺外初公開。蔵王権現立像は基本的に右手と右足を振り上げている。

 大峯山寺は一年の大半を雪に閉ざされており、約5か月しか開いていない。大峯山寺への道は女人禁制で、車も通れないため、背負って徒歩で運んだ(食料や生活用品を運ぶための輸送手段はあるよう)。梱包した状態で15~30㎏あったらしい。

 

蔵王権現像、平安時代(11~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

蔵王権現像、平安時代(11~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

中台八葉院曼荼羅鏡像、平安時代(11~12世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

吉野曼荼羅懸仏、平安~鎌倉時代(12~13世紀)、奈良・大峯山寺、重要文化財

 

VR映像『金峯山寺』

金峯山寺の本堂である蔵王堂(国宝)の本尊・蔵王権現像3軀(重要文化財)は、像高7メートルに及ぶ日本最大の秘仏で、青黒い体が特徴。

 

第二会場

映像「いのちの源−吉野・大峯の源流−」(約6分)

 

第2章 金峯山をめざして ─藤原道長の埋経 ─

藤原道長経筒(金峯山経塚出土)、平安時代・寛弘4年(1007)、奈良・金峯神社、国宝

紺紙金字法華経・観普賢経(金峯山経塚出土)、藤原道長筆、平安時代・長徳4年(998)、奈良・金峯山寺、国宝

紺紙金字法華経・無量義経・観普賢経(金峯山経塚出土)、藤原師通筆、平安時代・寛治2年(1088)、奈良・金峯山寺、国宝

 

御堂関白記 寛弘四年、藤原道長筆、平安時代・寛弘4年(1007)、京都・陽明文庫、国宝

 藤原道長の日記。金峯山参詣についても書かれている。2013年、ユネスコの世界記憶遺産に登録。

 

蔵王権現鏡像、平安時代・長保3年(1001)、東京・西新井大師總持寺、国宝

 現存最古の蔵王権現像。神社では鏡をご神体とするが、修験道では鏡に神仏を表した御正体をまつる。

 東京国立博物館の常設展に似たものがよく展示されている。

 

鍍銀経箱(金峯山経塚出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・金峯神社、国宝

金銅経箱台残欠(金峯山経塚出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・金峯神社、国宝

 

金銅猫脚台付経箱(金峯山経塚出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・金峯山寺、国宝

金銀鍍双鳥宝相華文経箱(金峯山経塚出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・金峯山寺、国宝

金銅鷺脚台付経箱(金峯山経塚出土)、平安時代(11~12世紀)、奈良・金峯山寺、国宝

 

義楚六帖 第十一冊、中国・南宋(12~13世紀)、京都・東福寺、国宝

応現観音図、鎌倉時代(13世紀)、東京・大東急記念文庫、重要文化財

 

第3章 ひろがる信仰世界 ─修験者・縁起・曼荼羅─

蔵王権現立像、鎌倉時代・嘉禄2年(1226)、奈良・如意輪寺、重要文化財

厨子、鎌倉時代(13世紀)、奈良・如意輪寺、重要文化財

 

蔵王権現立像、平安時代(11世紀)、鳥取・三佛寺、重要文化財

 右足は上げず、頭にはドクロ?。三佛寺も役行者が修行の場とし、お堂を建てたのが始まりと伝わる。断崖絶壁のくぼみに建てられた奥の院で知られ、役行者が超人的な力で山の麓からお堂を投げたという伝説があり、投入堂とも呼ばれる。

 三徳山三佛寺は2012年4月29日に訪れたことがあるが、投入堂の由来は知らなかった。

三徳山三佛寺|三徳山 公式ホームページ

 

吉野曼荼羅、南北朝時代(14世紀)、奈良・西大寺、重要文化財

 

吉野御子守明神像、鎌倉時代(14世紀)、個人蔵

 吉野水分神社に祀られる御祭神の一柱「玉依姫命座像」を写したような姿で、子守明神を表していると考えられている。吉野水分神社は水を分けると書くが、吉野の山は奈良など大和平野の大事な水源だったため、水の分配を司る神が祀られた。

 水は生命力の源でもあり、「みずくばり」「みくばり」「みくまり」「みこもり」と音が変化し、水分(みくまり)の神は安産・子育ての神としての性格も持つようになった。豊臣秀吉も吉野水分神社に子授け祈願をした。

 

一遍聖絵 巻第三、鎌倉時代・正安元年(1299)、神奈川・清浄光寺(遊行寺)、国宝

 一遍の生涯を描いた絵巻で、一遍の十回忌に作られた。巻第三に熊野詣の場面が登場する。

 

役行者倚像、鎌倉時代・弘安9年(1286)、奈良国立博物館

 

興正菩薩像、鎌倉時代・正安2年(1300)、東京・室泉寺、重要文化財

金剛仏子叡尊感身学正記、南北朝時代・延文4年(1359)、奈良・西大寺、重要文化財

 

立像 像内納入品、鎌倉時代(13世紀)、奈良・金峯山寺、重要文化財

 

獅子・狛犬、鎌倉時代(13世紀)、奈良・吉野水分神社

 

聖徳太子および二童子立像、鎌倉時代・文永11年(1274)、奈良・金峯山寺、重要文化財

 

勝手明神坐像、鎌倉時代(13世紀)、奈良・勝手神社

 

第4章 後醍醐天皇 吉野へ ─山上の新政権─

後醍醐天皇坐像、室町時代(15~16世紀)、奈良・如意輪寺

後醍醐天皇像、南北朝時代(14世紀)、神奈川・清浄光寺(遊行寺)、重要文化財

 

如意輪観音坐像、鎌倉時代・延慶3年(1310)、奈良・如意輪寺

 後醍醐天皇陵を守る如意輪寺の秘仏本尊・如意輪観音像が寺外初公開。

 

仁王門風鐸、室町時代・康正2年(1456)、奈良・金峯山寺、国宝

金剛力士立像、南北朝時代・延元4年(1339)、奈良・金峯山寺

 

第5章 豊臣秀吉 華の宴 ─神木の桜花に詠う─

桜花流水図屏風、江戸時代(17世紀)、奈良・春日大社

 

吉野懐紙 下巻、安土桃山時代・文禄3年(1594)、宮城・仙台市博物館

 豊臣秀吉が催した吉野の花見には、徳川家康、前田利家、伊達政宗などの武将、公家など20人が参加した和歌の会が開かれ、参加者は懐紙(懐に入れて持ち歩く紙)を2枚貼り継いだものに5つの歌を記した。これはその懐紙を巻物にまとめたもので上中下の3巻あり、伊達家に伝わった。

 豊臣秀吉が詠んだ歌は「年月を 心にかけし 吉野山 花の盛りを 今日見つるかな」。

 

第6章 近世・近代の吉野と奈良

役行者倚像、江戸時代(17世紀)、奈良・餅飯殿町財団

理源大師倚像、江戸時代(17~18世紀)、奈良・餅飯殿町財団

 理源大師聖宝は醍醐寺の開山であり、修験道の中興の祖。

 

普賢菩薩坐像、平安時代(11世紀)、奈良国立博物館

 

蔵王権現立像、鎌倉時代(13世紀)、アメリカ・ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)

 額上に桜をかたどった冠飾りをつける。

 

 

名品展「珠玉の仏たち」は時間が無くて見れなかった。

https://www.narahaku.go.jp/exhibition/usual/hotoke/

展示リスト

https://www.narahaku.go.jp/wordpress/wp-content/uploads/2026/03/0317_butsu4.pdf

 

特別公開「金峯山寺仁王門 金剛力士立像」

https://www.narahaku.go.jp/exhibition/usual/202102_mei_kongo/

金峯山寺の木造金剛力士立像2軀(重要文化財)が、2021年(令和3年)2月23日から特別公開されているが、2026年(令和8年)9月13日で公開終了のよう。

金峯山寺仁王門(国宝)に安置される像高5mを超える巨像で、国宝・重要文化財に指定されている中では東大寺南大門の像に次いで2番目に大きい。

2019年(令和元年)の夏に仁王門の修理のために搬出され、2年をかけて公益財団法人美術院によって保存修理が行われた。

 

夕食は天極堂 奈良本店で、奈良 山の幸 葛もちセット(2,035円)。

胡麻豆腐、小鉢、香の物、お吸い物付。

吉野本葛の老舗・奈良・井上天極堂の公式サイト

 

江戸時代から伝わる吉野地方独自の製法「吉野晒(よしのざらし)」で精製したものが「吉野本葛」 といわれる。

1kgの根から取れる吉野本葛は約100gとわずかなことから、「白いダイヤモンド」と呼ばれる。

 

17時44分に近鉄奈良駅発の近鉄京都線で約50分、18時35分に京都駅に到着。

 

今日のホテルは、レフ京都八条口 by ベッセルホテルズ。

シャワーブースシングル。

https://www.vessel-hotel.jp/ref/kyoto/

 

 

2026年4月30日~5月10日 四国・近畿旅行

四国近畿09 アサヒグループ大山崎山荘美術館・京都文化博物館

10泊11日の四国・近畿旅行、9日目。

 

9時36分に烏丸駅発の阪急京都線で約25分、10時01分に大山崎駅に到着。

 

坂を上る。

ここは天王山の麓。

山崎の合戦の、あの天王山だった。

 

流水門を通る。

 

アサヒグループ大山崎山荘美術館

アサヒグループ大山崎山荘美術館

 

関西の実業家・加賀正太郎が1912年(大正元年)から建て始めた大山崎山荘を創建当時の姿に修復のうえ、安藤忠雄設計の「地中の宝石箱」、「夢の箱」などを加えて、アサヒビール大山崎山荘美術館として1996年(平成8年)4月に開館。2023年(令和5年)7月には館名をアサヒグループ大山崎山荘美術館に変更。

朝日麦酒株式会社(現アサヒグループホールディングス株式会社)の初代社長・山本爲三郎が支援した民藝運動にまつわる作品や、クロード・モネの《睡蓮》連作などを見ることができる。

 

2026年に開館30周年を迎える。

開館30周年記念サイト

アサヒグループ大山崎山荘美術館 開館30周年記念映像

 

開館30周年記念「没後100年 クロード・モネ展」

開館30周年記念 没後100年 クロード・モネ展|展覧会|アサヒグループ大山崎山荘美術館

作品リスト

https://www.asahigroup-oyamazaki.com/uploads/2026/03/29/5d689b176822571135292b16dbad7de6a50cff47.pdf

 

大山崎山荘から地下につづく通路の先に、クロード・モネの《睡蓮》を展示するために作られた、安藤忠雄設計の円形の展示室「地中の宝石箱」(地中館)がある。

30周年の1年間を通して《睡蓮》5点、《日本風太鼓橋》、《アイリス》、《エトルタの朝》、全8点を展示する。

 

《睡蓮》1914-1917年

《睡蓮》1914-1917年

《睡蓮》1914-1917年

《睡蓮》1907年

《アイリス》1914-1917年

《日本風太鼓橋》1918-1924年

 

開館30周年記念「山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」

開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより|展覧会|アサヒグループ大山崎山荘美術館

作品リスト

https://www.asahigroup-oyamazaki.com/uploads/2026/03/26/666356ec0801a1c033fadcc2901b61daf2f4f68f.pdf

 

朝日麦酒株式会社(現アサヒグループホールディングス株式会社)の初代社長・山本爲三郎は民藝運動を初期から支援しており、当館所蔵の山本爲三郎コレクションは民藝運動の中心的人物であった河井寬次郎と濱田庄司の作品が主要な部分を占めている。

先人たちの技術や知識を背景に無名の工人たちによって生み出された日々の生活のための品々。

それまで美の対象として見られることのなかった日常の雑貨のなかに「健康な美」が宿ることを見出した。

そして「民衆的工藝」を略した「民藝」という造語を生み出した。

 

展示室1

1章「民藝前夜」

 

山本記念展示室、展示室2

2章「民藝誕生」

 

「夢の箱」(山手館)

3章「山本爲三郎と二人 三國荘を中心に」

 

2階へ

展示室3、展示室4

4章「それぞれの道」

 

テラスからは、栖霞楼(白雲楼)、フランソワ=グザヴィエ・ラランヌ《新しい羊たち》が見えた。

寶積寺(宝寺)三重塔は見えなかった。1582年(天正10年)に山崎の合戦の勝利を記念して、豊臣秀吉が一夜にして建立したと伝えられ、「一夜の塔」ともよばれる。

受付付近の暖炉の獅子や2階のランプの2羽の鳥なども良かった。

 

12時51分に大山崎駅発の阪急京都線で約25分、13時17分に烏丸駅に到着。

 

昼食は前田珈琲室町本店で、ミニナポリタン、焼き玉子のHOTサンド、AIMI(甘いアイスミルクティー)。

平日の期間限定でミニカプチーノソフト無料キャンペーンが行われていた。

前田珈琲(マエダコーヒー) -京都人に愛され半世紀 「京都老舗喫茶」-

 

京都文化博物館

京都の歴史と文化が通覧できる親しみやすい歴史博物館、京都ゆかりの日本画家、洋画家、彫刻家、工芸家などの作品を展示する美術館、京都の特性を生かした映像文化を展示・上映するフィルムライブラリーセンターの3つの機能を併せ持った施設で、1988年(昭和63年)10月に開館した。

京都府京都文化博物館

別館の旧日本銀行京都支店は辰野金吾による設計で重要文化財。

 

原安三郎コレクション 北斎×広重

原安三郎コレクション 北斎×広重 - 京都府京都文化博物館

出品目録

https://www.bunpaku.or.jp/wp-content/uploads/2026/04/be843998f50ba5367aa485045b3cae0f.pdf

 

エレベーターで4階へ

第1章 北斎

原安三郎コレクションには、〈冨嶽三十六景〉、〈諸国瀧廻り〉、〈雪月花〉、〈諸国名橋奇覧〉、〈千絵の海〉などのシリーズが「揃い」で所蔵されている。

 

パネル「冨嶽三十六景 五百らかん寺さゞゐどう」

 

冨嶽三十六景 武州千住

冨嶽三十六景 山下白雨

冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏

冨嶽三十六景 青山円座松

冨嶽三十六景 尾州不二見原

 

冨嶽三十六景 武陽佃嶌

冨嶽三十六景 常州牛堀

冨嶽三十六景 信州諏訪湖

冨嶽三十六景 相州梅沢庄

冨嶽三十六景 駿州江尻

 

冨嶽三十六景 礫川雪ノ旦

冨嶽三十六景 登戸浦

冨嶽三十六景 東海道吉田

冨嶽三十六景 隅田川関屋の里

冨嶽三十六景 相州箱根湖水

冨嶽三十六景 江都駿河町三井見世略図

冨嶽三十六景 五百らかん寺さゞゐどう

冨嶽三十六景 相州江の嶌

 

冨嶽三十六景 本所立川

冨嶽三十六景 東海道品川御殿山ノ不二

冨嶽三十六景 甲州伊沢暁

冨嶽三十六景 駿州大野新田

冨嶽三十六景 諸人登山

 

『富嶽百景』初編

『富嶽百景』二編

『富嶽百景』三編

 

諸国瀧廻り 相州大山ろうべんの滝

諸国瀧廻り 木曽海道小野ノ瀑布

諸国瀧廻り 美濃ノ国養老の滝

諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝

 

諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし

諸国名橋奇覧 東海道岡崎矢はきのはし

諸国名橋奇覧 三河の八つ橋の古図

諸国名橋奇覧 山城あらし山吐月橋

諸国名橋奇覧 摂州阿治川口天保山

 

雪月花 隅田

雪月花 淀川

雪月花 吉野

 

千絵の海は知恵の深さを海にたとえる「知恵の海」という言葉からつけられた。日本各地の漁労風俗をテーマとした揃物。

千絵の海 相州浦賀

千絵の海 総州利根川

千絵の海 下総登戸

千絵の海 蚊針流

千絵の海 絹川はちふせ

 

百物語 さらやしき

百物語 お岩さん

百物語 しうねん

 

パネル「冨嶽三十六景 駿州江尻」

 

特集 原安三郎の慧眼

冷泉為恭《佐竹本三十六歌仙絵巻(模本)》

歌川広重《十二ヶ月風俗図短冊》

宮川長春《文読三美人図》

歌川広重《雪月花図》

月岡雪鼎《野辺美人図》

藤麿《岸辺芸者図》

歌川豊国《雪中遊女と禿図》

歌川豊広《岸辺芸者図》

 

第2章 広重

本展では〈東海道五拾三次之内〉(保永堂版)、〈京都名所之内〉、〈雪月花〉、〈冨士三十六景〉の4つのシリーズが展示される。

 

名所(冨士)三十六景 目録

冨士三十六景 東都一石ばし

冨士三十六景 東都数寄屋河岸

冨士三十六景 東都御茶の水

冨士三十六景 東都隅田堤

冨士三十六景 雑司かや不二見茶や

冨士三十六景 鴻之台とね川

冨士三十六景 武蔵多満川

冨士三十六景 武蔵野毛横はま

冨士三十六景 相州三浦之海上

冨士三十六景 相模七里か浜

冨士三十六景 はこねの湖すい

冨士三十六景 駿河薩タ之海上

冨士三十六景 東海堂左り不二

冨士三十六景 伊勢二見か浦

冨士三十六景 信濃塩尻峠

冨士三十六景 甲斐大月の原

冨士三十六景 下総小金原

冨士三十六景 上総鹿楚山

 

武陽金沢八勝夜景

 

パネル「冨士三十六景」3つ

 

エスカレーターで3階へ下りる。

パネル「北斎✕広重」

 

東海道五十三駅続画 題字

東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景

東海道五拾三次之内 日本橋 行烈振出

東海道五拾三次之内 川崎 六郷渡舟

東海道五拾三次之内 戸塚 元町別道

東海道五拾三次之内 大礒 虎ヶ雨

東海道五拾三次之内 箱根 湖水図

東海道五拾三次之内 三島 朝霧

東海道五拾三次之内 原 朝之冨士

東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺

東海道五拾三次之内 興津 興津川

東海道五拾三次之内 府中 安部川

東海道五拾三次之内 岡部 宇津之山

東海道五拾三次之内 藤枝 人馬継立

東海道五拾三次之内 金谷 大井川遠岸

東海道五拾三次之内 掛川 秋葉山遠望

東海道五拾三次之内 見附 天竜川図

東海道五拾三次之内 舞坂 今切真景

東海道五拾三次之内 白須賀 汐見阪図

東海道五拾三次之内 吉田 豊川ノ橋

 

東海駅路狂歌寿娯録

 

東海道五拾三次之内 赤阪 旅舎招婦ノ図

東海道五拾三次之内 岡崎 矢矧之橋

東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞

東海道五拾三次之内 桑名 七里渡口

東海道五拾三次之内 石薬師 石薬師寺

東海道五拾三次之内 庄野 白雨

東海道五拾三次之内 阪之下 筆捨嶺

東海道五拾三次之内 水口 名物干瓢

東海道五拾三次之内 石部 目川ノ里

東海道五拾三次之内 草津 名物立場

東海道五拾三次之内 大尾 京師 三条大橋

 

京都名所之内 祇園社雪中

京都名所之内 通天橋ノ紅楓

京都名所之内 嶋原出口之柳

京都名所之内 あらし山満花

京都名所之内 八瀬之里

 

人物のパネル

 

公文蘆淵画・千葉胤明書《更級日記絵巻》

 

エスカレーターで2階に下りる。

 

令和8年 新指定 国宝・重要文化財

令和8年 新指定 国宝・重要文化財 - 京都府京都文化博物館

文化審議会の答申(国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定等)

文化審議会の答申(国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定等) | 文化庁

出品目録

https://www.bunpaku.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/r8shinshitei_list.pdf

 

2階

第1室、絵画/工芸品

五百羅漢図、京都府・東福寺、国宝

 日本で現存最古の五百羅漢図。

明兆筆 東福寺五百羅漢図の国宝指定について - 臨済宗大本山 東福寺

 

柳橋水車図、長谷川等伯筆、兵庫県・香雪美術館、重要文化財

柳橋水車図屏風 - 絵画 : 所蔵品一覧 | 香雪美術館

 

濁醪療渇黄葉村店、小山正太郎筆、神奈川県・ポーラ美術館、重要文化財

 

銀百鶴図花瓶、加納夏雄作、東京都・皇居三の丸尚蔵館、重要文化財

 加納夏雄は幕末から刀装金工家として活躍し、維新後は新貨幣の製作にも従事した。

 

菊白露蒔絵婚礼調度、愛知県・徳川美術館、重要文化財

お知らせ|「菊白露蒔絵婚礼調度(きくのしらつゆまきえこんれいちょうど)」の重要文化財新指定について (2026.03.26) - ニュース - 名古屋・徳川美術館 | The Tokugawa Art Museum

 

色絵松帆掛舟文葉形皿、東京都・サントリー美術館、重要文化財

銅孔雀文磬、東京都・深大寺、重要文化財

線刻阿弥陀浄土図鏡像、兵庫県・七寶寺、重要文化財

 

参考

紫檀螺鈿餝劔(復元模造、原品は春日大社・国宝)、京都府・文化庁

金銅聖観音像懸仏、京都府・文化庁、重要文化財

 

白地葵紋付筋亀甲繫文様絞染小袖、山口県・萩博物館、重要文化財

 

第2室、書跡・典籍/古文書/歴史資料

論語疏巻第六、東京都・慶應義塾図書館、国宝

慶應義塾図書館所蔵の「論語疏(ろんごそ) 巻第六」が国宝に指定されました | お知らせ | 慶應義塾

 

伊場遺跡群出土木簡、静岡県・浜松市博物館、重要文化財

宋版孫真人玉函方・膏肓腧穴灸法・産育保慶集(金沢文庫本)、千葉県・館山市立博物館、重要文化財

観世音秘密無障礙如意輪陀羅尼蔵義経、京都府・石清水八幡宮、重要文化財

 

参考

醍醐寺文書聖教、京都府・醍醐寺、国宝

 

顕注密勘、藤原定家筆(上帖:藤原為秀写)、京都府・冷泉家時雨亭文庫、重要文化財

 

古今伝授関係資料、京都府・冷泉家時雨亭文庫、重要文化財

 古今伝授とは古今和歌集の解釈を口伝や伝授書により、師から弟子へ秘伝として伝えること。冷泉家の古今伝授箱は江戸時代前期には成立し、開閉には天皇の許可かま必要な勅封とされ、当主は一生に一度だけ開けることができた。

 

北野天満宮聖廟法楽奉納連歌、京都府・北野天満宮、重要文化財

敦康親王御対面儀定文案、藤原行成筆、東京都・皇居三の丸尚蔵館、重要文化財

高台院関係資料、京都府・高台寺、重要文化財

 

絵所預土佐家関係資料、京都府・京都市立芸術大学芸術資料館、重要文化財

 南北朝時代から明治維新まで朝廷の絵所預職を勤めた(一時的な断絶あり)土佐家に伝来した資料群。

 

上野撮影局写真帖、個人、重要文化財

山神枡、山口県・佐山区、重要文化財

 

琉球国之図、沖縄県・沖縄美ら島財団、重要文化財

琉球国王朱印状、個人、重要文化財

朝鮮日々記、大分県・安養寺、重要文化財

 

建内記、京都府・京都大学附属図書館・総合博物館、重要文化財

本学所蔵の「建内記」が重要文化財に指定されます | 京都大学

香取神宮文書、千葉県・香取神宮、重要文化財

須須神社文書、石川県・須須神社、重要文化財

 

写真パネル展示

阿弥陀浄土図、京都府・海住山寺

星曼荼羅図、東京都・皇居三の丸尚蔵館

競馬図、奈良県・春日大社

浜松図、海北友松筆、東京都・皇居三の丸尚蔵館

 

ノルマンディーの浜、鹿子木孟郎筆、東京都・泉屋博古館東京

 今年2月12日に泉屋博古館東京で見た。

 

木造不動明王及二童子像、康住作、山梨県・恵林寺

鳳凰花卉堆朱箱、東京都・東京国立博物館

三井三池炭鉱専用鉄道電気機関車、福岡県・大牟田市

 

第3室、考古資料/彫刻

奈良県飛鳥池遺跡出土品、奈良県・奈良文化財研究所、国宝

https://www.nabunken.go.jp/news/2026/03/20260326press.html

 

参考

岩手県柳之御所遺跡出土品、岩手県・岩手県立平泉世界遺産ガイダンスセンター、重要文化財

岩手県平泉遺跡群出土品、岩手県・平泉文化遺産センター、重要文化財

三重県斎宮跡出土品、三重県・斎宮歴史博物館、重要文化財

 

金錯銘鉄剣、千葉県稲荷台一号墳出土、千葉県・市原歴史博物館、重要文化財

 稲荷山古墳や江田船山古墳より古く国内で刻まれた金石文として現存最古となる可能性がある。

 

奈良県五條猫塚古墳出土品、奈良県・奈良国立博物館、重要文化財

 

岐阜県島・塩屋金清神社遺跡出土品、岐阜県・飛騨の山樵館、重要文化財

 

横帯文銅鐸・袈裟襷文銅鐸、兵庫県南あわじ市松帆地区出土、兵庫県・南あわじ市滝川記念美術館玉青館、重要文化財

銅骨蔵器、唐招提寺西方院五輪塔納置、奈良県・西方院、重要文化財

 

新潟県野首遺跡出土品、新潟県・十日町市博物館、重要文化財

福井県大釜屋・西山窯跡群出土品、福井県・福井県教育庁 埋蔵文化財調査センター、重要文化財

 

木造薬師如来立像、京都府・両讃寺、重要文化財

木造源頼朝坐像・木造源実朝坐像、山梨県・善光寺、重要文化財

木造性空坐像、兵庫県・円教寺、重要文化財

木造慈恵大師坐像、京都府・尊勝院、重要文化財

 

木造五大明王像、奈良県・奈良国立博物館、重要文化財

木造如意輪観音坐像、康俊作、兵庫県・如意輪寺、重要文化財

 

「原安三郎コレクション 北斎×広重」だけでも素晴らしいのに「令和8年 新指定 国宝・重要文化財」まで見れて、14時頃から閉館の19時30分まで、約5時間30分も楽しめた。

 

夕食は蕎麦の実よしむらで、天ざるそば。日本酒、古都。

蕎麦の実よしむら|京都 烏丸五条 手打ち蕎麦 - よしむらグループ

 

今日のホテルは、京王プレリアホテル京都烏丸五条。

京都のホテルなら京王プレリアホテル京都烏丸五条【公式】

 

 

2026年4月30日~5月10日 四国・近畿旅行