8泊9日の秋田・山形・福島旅行、8日目。
ホテルメトロポリタン山形のサウスタワーからの眺め。
一昨日、昨日に続いて、駅に隣接する霞城セントラルの24階展望へ。青空で今日が一番綺麗!
7時41分に山形駅発のJR奥羽本線で約50分、8時31分に米沢駅に到着。
4月29日(月)~5月3日(金)の間、米沢上杉まつりが開催中。太陽暦での上杉謙信の命日である4月29日から始まる。
今日は武禘式(戦勝祈願、上杉謙信出陣の儀式)、明日5月3日は上杉行列や川中島合戦が行われる
https://uesugi.yonezawa-matsuri.jp/
上杉謙信を祭神として米沢城本丸跡に建立された。
仏教を信仰した上杉謙信は合戦に際して毘沙門天と不動明王の両神を味方につけて戦ったとされ、参道にある舞鶴橋には毘沙門天の「毘」と不動明王を表す「龍」という文字が書かれた軍旗が翻る。
稽照殿(宝物殿)は上杉神社の宝物殿で、藩祖謙信、2代景勝、10代鷹山、直江兼続など、上杉家の遺品を中心に多数の重要文化財を展示する。
2021年7月17日から拝観料が400円から700円に変更された。
2021年7月17日から稽照殿の拝観料が変更になりました | 羽前米沢 上杉神社公式ホームページ
大太刀 伝 倫光、重要文化財
和歌「民の父母」(複製)、上杉鷹山が藩主となって詠んだ歌。
「受け次て 国の司の 身となれば 忘るまじきは 民の父母」
伝国の辞(複製)、原本は1785年。上杉鷹山が8代藩主の上杉治広に家督を譲った際に贈った、藩主としての心得3か条。
直江兼続の金小札浅葱糸威二枚胴具足(愛の字をデザインした兜)は修理を予定しているため展示されていなかった。
上杉文化施設共通入館券「米沢観るパス」を購入。
上杉神社稽照殿、米沢市上杉博物館、上杉家廟所、宮坂考古館、東光の酒蔵、春日山林泉寺の6施設から4施設を選んで入れる。2,000円。
オリジナル手拭いを貰え、戦国謎解きまち歩きもあった。
https://yonezawa.info/log/?l=322489
米沢城は、松岬城や舞鶴城とも呼ばれた。明治時代に取り壊され、本丸跡は松が岬公園と上杉神社になった。伊達政宗は米沢城で生まれた。
上杉家と伊達家の家紋は「竹に雀」。上杉家は輪竹、伊達家はたくさんの葉が広がる根竹。
春日神社や、上杉謙信像、上杉景勝と直江兼続主従像(大河ドラマ天地人)、上杉鷹山像もあった。
松岬神社は上杉神社の摂社で、上杉鷹山、上杉景勝、直江兼続、細井平洲、竹俣当綱、莅戸善政を祀る。
有名な上杉鷹山の言葉。
「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」
ケネディ大統領は、一番尊敬している日本の政治家は上杉鷹山と答えたらしい。
昼食は、上杉伯爵邸で雪の膳。
冷汁 / 鯉のことこと煮 / 丘ひじき / 辛子和え / 米沢牛の芋煮 / 塩引寿司 / 青菜御飯 / 菊花の味噌汁 / おみ漬け / 牛乳寒天。
献膳料理という、殿様に食べていただくにふさわしい料理という意味を込めて命名された伝統の郷土料理。
上杉伯爵邸は1896年(明治29年)に米沢城二の丸跡に上杉家14代茂憲伯爵邸として建てられたが、1919年(大正8年)の米沢大火で焼失し、1925年(大正14年)に再建された。
米沢牛ステーキ祭りも行われていた。
https://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/top.htm
兜の前立で、上杉謙信(飯縄明神)、上杉景勝(銀次の大日輪に摩利支尊天、日天大勝金剛、毘沙門天)、直江兼続(愛宕権現または愛染明王の愛)を表していた。
12時00分から約16分、シアターで「上杉鷹山 ふたたびの改革−現在に語りかける名君の生涯−」。
12時30分から約17分、シアターで「上杉鷹山の闘い」。
上杉文華館には、「上杉本洛中洛外図屏風」(国宝)と上杉家文書(国宝)があった。
狩野永徳「上杉本洛中洛外図屏風」(国宝)は、1574年(天正2年)3月に織田信長が上杉謙信に贈ったもの。平成元年に上杉家から米沢市に寄贈され、平成7年に国宝に指定された。
上杉家文書は上杉家に伝来した、南北朝・室町時代を中心に江戸時代までの約2,000通の古文書。
https://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugimonjyo.htm
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/197506
特別展は「上杉茂憲 最後の藩主と米沢士族」。
歴代年譜茂憲公67冊。歴代当主毎に編纂された上杉家の正史。
武禘式か何かの予行練習が行われていた。
旧米沢高等工業学校本館
1910年(明治 43年)に全国で7番目の高等工業学校として開設され、現在は山形大学工学部。
旧米沢高等工業学校本館ご案内|旧米沢高等工業学校本館|学校・地域の方|山形大学 工学部/大学院理工学研究科/大学院有機材料システム研究科
上杉謙信(長尾景虎)の祖父である長尾能景が建立した米沢藩上杉氏の菩提寺で、上杉氏の本拠地があった越後国高田の春日山城(新潟県上越市)の山麓に建立された林泉寺(曹洞宗)が元。
謙信を継いだ上杉景勝が1598年(慶長3年)に越後から会津120万石に移封となり、更に1601年に米沢30万石に削封された際に、菩提寺の林泉寺も米沢に移った。高田にも林泉寺は残っている。
上杉家の菩提寺である林泉寺を移転させたのは、上杉謙信の姉で上杉景勝の母でもある仙洞院。
藩主の奥方・子女・支侯家の廟所があり、景勝正室(武田信玄の娘菊姫)、綱勝正室(保科正之の娘媛姫)、鷹山(治憲)側室お豊の墓などが並んでいる。
係の方が解説をしてくれた。
毘沙門天(北方多聞天王)は、上杉謙信が子どもの頃から拝んだもの。五叉の鎗は、上向きのものは敵のため、内向きのものは自分のため。
直江兼続とお船夫妻の墓もあり、同じ大きさで隣同士に並んでいる。
林泉寺庭園は米沢三名園の一つ。
上杉家廟所
上杉米沢藩の歴代藩主を祀る墓所で、神社のように厳かな雰囲気。
初代の上杉謙信から12代藩主の上杉斉定までの廟が整然と立ち並んでいる。
上杉家墓所資料館も見る。
2024年(令和6年)4月1日より拝観料が、400円から500円に改定された。
拝観料金改定のお知らせ(令和6年4月1日より) | 米澤藩主上杉家廟所
上杉家廟所の隣にある上杉家の菩提寺、法音寺。
上杉家廟所に武将たちが来たと思ったら、ここで謙信に祈ってから上杉神社まで武禘式軍団行列をして、18時30分から伝国の杜前広場で武禘式を行うらしい。
上杉家廟所からすぐの善日山千勝院(本尊は刀八毘沙門天)にも参拝していた。
良い物を見れたが、軍団行列に向けて道路が通行止めになっているためバスが来ないので、約45分間歩くことになった。一本道をずっと真っ直ぐなのは良かった。
通り沿いに住民の方が道路脇で行列を待っているのが良い。警察の先導だけでなく、警備員の方も通りに立っていた。
かなり長い区間が通行止めになっていたが、明日は川中島の合戦だから納得。米沢に住んでいたら参加したかった。
チャールズ・ヘンリーダラスという米沢牛の恩人がいるらしい。
17時44分に米沢駅発のJR奥羽本線で約45分、18時30分に福島駅に到着。
菓匠三全エスパル福島店で、ずんだシェイクを購入。昨日山形エスパル店で飲めなかったリベンジ!
このお店も営業は20時00分までだが、ずんだシェイクの販売は19時30分までとなっていた。
https://zundasaryo.com/zundashake/
今日のホテルは、リッチモンドホテル福島。
コーナーダブル20.0㎡。
2024年04月25日~05月03日 秋田・山形・福島旅行